こんにちは!ロンドンよりMasakoです。

 

昨日は出かける直前になって携帯がない事に気付いて大慌て。ないない〜!いや絶対どこかにあるはずなんだからあるある〜!と言いながらやっぱり焦る(笑)

 

そうだ!こんな時「携帯がすぐ見つかる」でHFエネルギーヒーリングだわ!とやってみたら、

 

わ〜い!あった〜!何と足元に落ちていたという(爆)

 

電話から携帯を鳴らしたのに鳴らず、そしてあちこち見たキョロキョロ

はずなのに見えてなかったらしいびっくり急いでいたのですぐ見つかってよかった〜ニコニコ

 

さて前回でロンドンへの移住物語は終わってしまったので、今日からは趣をかえまして、ロンドン話をいろいろしたりしつつ、私が何故シータヒーリングやHFエネルギーヒーリングのプラックティショナーになったか、そのいきさつを書いていこうかな〜と思っています。

 

まず、そのいきさつを語るのに欠かせないのがアトピーの存在。

アトピーちゃんですラブラブ

 

小さい頃から小児湿疹が酷くて、今から思えば唇回りも酷い事になったりしてた時期もあったりしたけど、それについて何か言われたりしたことが幸いなかったからかな〜、本人は全く気にしてませんでした。

 

この小児湿疹は中学生に入った頃にはすっかり治っていたんですが、中学3年生の時に得体の知れない小さな水泡状の湿疹が左手の中指1本にだけできたんです。それがもう超痒くてショボーン皮膚科に行ったら「アトピーです」の一言で、ステロイド剤を処方されました。良くなっては以前より悪くなってまた発症する、というのを何度も

何度も繰り返しているうちに、ついによくなり加減が減り始めました。だんだん効かなくなっちゃったんです。当時アトピーに関しては今ほど知られてもいなかったんですが、ある時治療の副作用についての記事を新聞か何かで見かけたんです。大学に入った頃だったかな。

 

そして急に宣言。「私ステロイドやめます!!

 

今から思えば両親はびっくりしたと思うんですよね〜。

でもありがたや〜ありがたや〜。一言も反対する事なく他の治療法を一緒に探してくれることになりました。

 

ここからいろいろな代替治療を始める事になったんですが、今から思い返してもいつの時も必要な時に助け人が現れて、いろいろな人に助けられて今があります。感謝ですねラブラブ

 

人間は出逢うべき人には必ず逢える。

一瞬遅からず一瞬早からず。

哲学者 森信三さんの言葉ですが大好きな言葉です。

 

まず思いついたのは漢方だったんですが、ちょうど友人の知り合いが行っているという漢方のお医者さんを紹介してもらえる事になりました。

 

そこで漢方を飲み始めるのですが、今までのリバウンドだったのかいわゆる好転反応だったのか。。。今まではほとんど手のみの症状だったのが顔にも症状が出てきちゃったんです。それがどんどん酷くなってしまって。ある時その先生から治療経過を記録するために写真を撮らせてほしいと言われたんですね。その時実際撮ったかどうか記憶がないんですが、多分拒否したに違いない(と思います)。もちろんお医者さんの方で私の事を傷つけるつもりは全くなかったとは思うんですけど、ちょうど多感な大学生の頃で乙女心がズタズタになりましたえーん

 

それを機にその漢方のお医者さんに行くのはやめてしまいました。その後どれ位後かに顔の症状は落ち着いてまた手だけの状態にまで戻ったんですが、実はその辺の記憶が全くな〜い!(笑)

 

という訳で長くなっちゃったのでつづく〜。

 

 

 

こんにちは!ロンドンよりMasakoです。

 

今日は午前中小学校で娘のクラスのバレエの発表会を観てきましたラブラブ

 

私の子ども達が通っている学校にはChance to Danceというプログラムがあって、小学校3年生の子ども達全員がロイヤルバレエ団のバレエの先生から学校の授業の一環としてレッスンを受ける事ができるんです。女の子達はバレエに抵抗がある子は少ないと思うんですが、特に男の子たちは最初「え〜、バレエなんて嫌だ〜!」って言っていた子たちも結構いたそうなんですが、もうみんなそれは

それは楽しそうに踊っていました音譜

 

先生が本当に上手に教えていらして、「白鳥の湖」の踊りから

「ロミオとジュリエット」の決闘シーンなど、いろんなシーンを組み合わせて子どもたちの興味を引き付けていたのが印象的でした。

 

これ、しかもサックスとピアノの生演奏付き!!

感動しちゃいました。

 

バレエ団側としてはこうやってスカウトに来ているんですね。子どもたちにバレエに興味を持ってもらうという企画なんだと思いますが、本物を子どもたちに!素晴らしいな〜、と思います。ちなみに普通の公立の小学校です。

 

最終的にスカウトされた子どもたちは無料でロイヤルバレエ団のレッスンを受ける事ができるようになるんですよ〜!さらに上手な子は子役としてウェストエンドのバレエの舞台に出れるようになったりするそうです。

 

さて前置きが長くなっちゃいましたウインク

ロンドン移住物語もいよいよ最終回で〜す。

ハ〜イ、ロンドンに来ちゃった〜爆  笑

 

ロンドンへの道のり その1

ロンドンへの道のり その2

ロンドンへの道のり その3

ロンドンへの道のり その4

ロンドンへの道のり その5

ロンドンへの道のり その6

ロンドンへの道のり その7

 

実はオーストラリアに住み始めて6年目過ぎた頃からかな、ホームシックにすごくかかるようになっちゃったんです。オーストラリアは

大好きなんだけど日本も恋しい。家族や友達にも会いたいショボーン

 

オーストラリアで働いていた会社は小さな会社だったんですけれど、とても良心的な会社でいろいろお世話になったんですが、有給もとてもとりやすかったんですね。休みをとってリフレッシュしてまた仕事に戻って来てねと常々言われていて、日本に帰国する時も

1か月とか余裕で休みをとって帰っていました。

 

だから結構日本にも帰っていたんですけれど、ホームシックがひどくなっちゃったんですね〜。

 

そこで結婚後これからどうする?っていう話になったわけです。

かねてからいつかは日本に一緒に帰るか、はたまたどこか別の国に行こうかとかいう話はしていたんですが、そうこうしている間に、なんと義妹がロンドンに行くと言い出して実際あれよあれよという間に行っちゃったんです。

 

着いて早々いろいろ苦労話もあったみたいなんですけど、落ち着いてからはもうすっごく楽しんでる様子だったんですね。

 

私達自身は最初やっぱり日本に行く?とも言ってたんです。

でもイギリスも行ってみたいよね〜ビックリマーク日本に行ってからまたイギリスに行くって難しいんじゃないはてなマークなぜ難しいのかわかんないけどそう思っちゃった。

 

それと私は結婚してすぐにでも子どもが欲しかったんですけど夫はまだまだ先でいいよ〜!!ってずっと言ってたんです。

 

それで、

 

私: 「それなら今までやった事がない事をしよっ!ロンドン

行っちゃおっ!」

夫: 「え、まじ?オーストラリアにこのままいても僕はいいんだけどな〜。でもロンドン行っちゃう?!」

私: 「うん、行こっ!」

 

なんとビックリマークほんとにこ〜んな感じでロンドン行きが決定!!

 

ほんと、勢いってこういうものですね(笑)

 

あんなにホームシックにかかっていたのにさらに遠いロンドン行きを決めてしまう私爆  笑

 

イギリスはイギリス人の子孫には特別なビザを出していて、祖父母のどちらかがイギリス人だったら「Ancestry Visa」というのをとる事が出来たんですね(ビザに関しては詳細がころころ変わったりしますので、これはその当時の話です。)

 

夫の祖父母は両方ともイギリス人。夫の父は「元」イギリス人。夫のお父さんがもしイギリスの国籍を返上したのが夫が産まれた後だったならば夫はイギリスの国籍をもらえていたのですが、産まれる前だったのでそれは出来ず。でも祖父母がイギリス人だったので子孫のビザをもらえる事になりました。私はその配偶者。という訳で、

「イギリス人の子孫の配偶者」というビザをもらえることになりました。ラブラブ

 

そして二人とも勤めていた会社をエイッと(笑)辞めて、

 

「ロンドンに行っちゃえ〜ビックリマーク」って

 

ほんとにロンドンに来ちゃいました。

 

勢いです(笑)今から考えてもあの時のエネルギーって凄い爆  笑

 

とりあえず1年半は頑張ることにしてうまくいかなかったら帰ればいいし!

 

って言って、来ちゃってからもう12年がたとうとしてるんですから

人生ってほんと面白いですね〜ラブラブ

 

という訳で、ロンドンへの道のり シリーズ最終回でした〜音譜

こんにちは!ロンドンよりMasakoです。

 

ロンドンへの道のり その1

ロンドンへの道のり その2

ロンドンへの道のり その3

ロンドンへの道のり その4

ロンドンへの道のり その5

ロンドンへの道のり その6

 

さてロンドンへの道のりその6ではオーストラリアで就職が決まったところまで書きました。

 

この辺で、この人なしではロンドンへの道のりは語れないビックリマークという訳でオージーな夫ついに登場爆  笑

 

とはいっても、うわぁっていうような出会いでは全くなくて(笑)

いたって地味〜な出会いですおねがい

 

彼とはオーストラリアの大学院の同級生として出会いました。最初は友達として、それから付き合うようになって、というよくある話?!

 

さて就職して2年位たった時、またまたアトピーが再発。かなりひどい事になってしまって、それでも最初は会社に行っていたのですけれど、心無い同僚から「それでよく彼氏が逃げていかないね」って言われてえーんそれでも頑張ってたんですけどついに会社に行けなくなり引きこもり。

 

そんな時にももちろん「逃げず」に、励ましつつも励まし過ぎず

いたって普通に接してくれて本当に心が救われましたおねがい

あ〜いい人だ〜ラブ

 

結婚するまで5年位付き合ってました。

 

その間に就労ビザが切れる事になって、その時勤めていた会社が経営状態が悪く、これ以上ビザのスポンサーを続けることができないという事で、日本に帰るかどうするか悩んだ挙句永住権を申請することに!

 

ビザのもろもろはしょっちゅう変わるので今はどうなのか全然知りませんが、当時はポイント制で、オーストラリアでの就労歴、学歴などが考慮されたのですが、職種のポイントが足りない。さてどうするか。ちょうど時を同じくして永住権を申請しようとしていたインドネシア人の友人から翻訳家の国家試験を受けると翻訳家として職種

ポイントとしては最高点がもらえると聞いて、猛勉強。無事テストに合格しビザを申請。ビザの専門家にもアドバイスしてもらいました。結果無事永住権獲得ビックリマーク

 

海外に住む際にネックなのがこのビザ。ビザにはいつもほんとドキドキさせられます。

 

その後彼からプロポーズラブラブ結婚と相成りましたドキドキ

 

さ〜ていよいよ次回はロンドンへの道のり最終回。

ロンドンに行きま〜す音譜

 

 

こんにちは!ロンドンよりMasakoです。

 

どうやって英語を勉強したの?ってよく聞かれるので、今日は私がしてきた英語勉強法(というほどのものでもないんですが)、どんなことをしてきたのかをちょこっとご紹介してみたいと思います音譜

 

小学校4年生の時にビートルズの大ファンになった事は以前の記事で書きました。

 

この時にしていたのは訳が分からなくても何でもいいからとにかくきく

 

当時は英語を勉強しよう!とか思っていたわけではなく、ただ単にビートルズの声が聴きたくて聴いていただけなのですが、何度も

何度も聴いていたので、今考えるとこれは本当にとてもよかったな〜と思います。

 

好きな映画を何度も観る。

 

私は実は映画を観るだけではなく、カセットテープに映画を録音してそれを繰り返し繰り返しきいていました。テレビの横にカセットデッキを置いてテープに録音してたんですビックリマークこれは中学生の頃です。何度も観た映画なので話のストーリーはわかっていたし、だいたいどの場面でどんなことをいっているはずなのかもわかっていました。でも何を言っているのか実際に聞き取れるのは最初はごく僅か。それが何度も何度も聴いているうちに聞き取れるところが増えていくのが

もう本当に嬉しくて嬉しくて。一生懸命聞く時もあれば、寝る前にうとうとしながらきいていたり、バックグラウンドにしたりもしていました。

 

今だったらたくさんのスクリプト本があると思うので、好きなテレビや映画のスクリプト本をゲットしてそれを見ながらきくっていうのもいいですね音譜

 

ネイティブスピーカーと話す。

 

やっぱり実際に英語のネイティブスピーカーと話す事は大事ですね〜。

私は英会話教室に通い始めた頃、自分の話したい事を書いてそれを暗記して英会話学校の先生に休み時間の間に話していました。わかってもらえるのが嬉しくってドキドキでもそれに対して優しく答えてくれる先生の言葉は最初ははっきり言ってま〜ったくわかりませんでしたけど爆  笑そんな事にはめげずに長い期間毎週レッスンの時にこんな事をしていました。

 

あととっても大事だな〜と思うのは間違いを恐れない事!間違ったっていいんです。文法が間違っててもオッケー。通じればいい!

もし通じなければ紙に書いてみてもいいし、手振りとかでもいいんです。とりあえず何でもいいから話してみる事が大切なんじゃないかな〜って思います。

 

ゆっくりと丁寧に時間をかけて一緒に話をしようとしてくれる人も

いればそうじゃない人も正直いるので、そうじゃない人に当たってしまった場合は気にしないように〜!!

 

興味のある分野から入る。

 

私の場合はビートルズ音譜何とかビートルズの歌がわかるようになりたかったし、歌えるようになりたかったし、話している事がわかるようになりたかったビックリマーク単純だけれどやっぱりこの熱意が英語を勉強したいっていう気持ちに繫がりましたね〜。

 

日記を英語で書く。

 

辞書を引き引き書いてました〜。電子辞書もいいんですけれど、昔ながらの辞書もいいですよ〜。一つ単語を引いたらついでにその近くにある単語も目に入ったりして一緒に覚えたりする事もあります音譜

 

独り言を英語で言う。
誰も聞いてませんからね〜。恥ずかしくないし、一人で結構やってました爆  笑頭に浮かんだ事を英語になおして言ってました音譜

 

という訳で簡単に書いてみました〜音譜

 

 

こんにちは!ロンドンよりMasakoです。

 

こちらイギリスでは今年は3月26日午前1時に時計が夏時間に変わるんですが、夏時間に変わるといっきに日が長くなり過ごしやすくなるので今から待ちきれません〜ビックリマークどこに行っても人々がなんだか急にみんな優しくなる気がします(笑)

 

この夏時間、時折すっかり忘れちゃったりするんですよね(汗)何もない日なら特に問題はないんですが、一度その日がちょうど旅行に出かける日だった時があったんです。家を出る直前に気がついて大あせりガーン 超ぎっりぎりに空港に着いて何とか滑り込みで間に合ったという事がありました〜爆  笑

 

ロンドンへの道のり その1

ロンドンへの道のり その2

ロンドンへの道のり その3

ロンドンへの道のり その4

ロンドンへの道のり その5

 

私は子どもの頃ずっと小児湿疹を患っていて、中学に入った頃には治ったと思われていたのですが、中学3年の時に今度は得体のしれない今までに経験したことのない位のひどい痒みを伴う水泡状の皮膚炎が始まりました。始まりは左手の中指1本。

 

近所の有名な皮膚科の先生の診断は一言。「アトピーです」

当時まだアトピーはまだ今ほど知られてはいませんでした。ステロイドでの治療だったのですが、最初はすぐ治ったんです。ところがまたしばらくすると前よりひどくなって戻ってきました。治ってはひどくなって再発するというのを何度も繰り返しました。

 

アトピーについてはまた書くつもりですが、このアトピーが大学4回生の時に爆発してしまい就職活動の時期に軽いうつ状態になり引きこもりになりました。

 

結局就職先が決まらないまま大学を卒業してバイトを始めましたが、また海外に行きたい、住んでみたい、という思いが日に日に増してきて、このままバイトをしているだけではお金がなかなかたまらない。やっぱりどこかに就職しなくちゃ!という事で奮い立ち、就職活動を開始。何とか無事輸入会社に就職が決まりました。

 

目指すは海外の大学院!!でもどこのはてなマーク

 

この時点では実は全く行先は決めていませんでした。大学院ならやっぱりアメリカかな〜。でもアメリカで一人で住めるかな〜。高校留学とは全く違うしな〜。オーストラリアだったら一人でも住めそうな気がしたけどな〜。どうしようかな〜。全然具体性なし(笑)

 

とりあえずアメリカの大学院の資料とオーストラリアの大学院の資料をいろいろ取り寄せて、確かTOEICやTOEFL、GMATのテスト等を受けたんだったかな。

 

いろいろ考えた挙句結局何となくやっぱり一人でも住めそうだな〜という気がしたオーストラリアに決定! 無事希望の大学院にも入学許可が出てオーストラリアに行く事になりました。

 

この時にイギリスに行っていても全然おかしくなかったのに何故かイギリスは頭になかったんですからほんと不思議です。

 

という事でオーストラリアに住むことになりました。大学院は1年半。できれば大学院卒業後オーストラリアで働けるといいな~、という淡い期待もしながら、後半は大学院の教授や知人の紹介で仕事もさせていただいていました。

 

ところが実際に就職活動を始めると現実は厳しく不採用の手紙が後から後から送られてきて。。。あーやっぱりダメか〜。日本に帰る事になるのかな〜。と思っていた矢先でした。友人がとある会社を紹介してくれて、あれよあれよという間に就職が決まりビザも手配してくれるという事に!!

 

こうして大学院を卒業後オーストラリアで働く事になったのでした音譜