昨年末から仕事でストレスを抱えていた。いつもは抱え込む私も珍しく「一人にしてほしいねん」とぼやいていた。アルコールと上方落語に頼ることで何となくぼやかしていた。私にとっては「オマエ、自分のストレスを転嫁するなや」と思っていた。一方で、「なるべく避けるのが、結局、一番合理的な手段や」と思って、最低限の反応しかせず、「自分はそうならんようにしとこ」と呪文を唱えていた。
たまたま、先週、同僚のニイチャンが「オレ、そろそろ切れるかも」とぼやいているのが聞こえた。明らかに相手は私と同じ奴や。「さっきのMTGで言われたことや、ああ、自分のストレス転嫁野郎の手口や」と理解した。もちろん、その場では「アタシも同じ思いしてんねん」とは言わんかったけど、共感できてん。自分一人やないことに安心できてん。「これ、大事やなあ」と思った。もちろん、共感できたところで、転嫁野郎が弱るとかはないで。けどな、こっちのストレス耐性が激増してん。なんや「すーっと」したわ。流れが悪かった血流が改善したように思ったわ。それで改めて思ったわ「偉い人になるよりも、嫌な奴になるな」っていうことが私には大事やねん。
ストレスの元は不安やねんな。不安のない人なんていないと思うし、不安を感じないと人間として命を守れないとも思う。ただ、自分の不安を転嫁するんは、やり方考えなあかん。転嫁野郎かて、そこそこの地位の人やねんで。けど「嫌な奴」やねん。「嫌な」人格が毛穴からにじみでてんねん。
アタシは転嫁野郎のおかげで、「共感すること」の大切さを再認識できて得したけどな。「反面教師」って言葉はまだまだ死語やないな。