「一億総中流」とかいう昭和の時代は平成の30年を経て必要とされなくなった。和暦で生年月日を記載する欄でも「明治」はなく、「大正」でさえ、ほぼなくなっている。生命や時代とは「流れ」であると鴨長明は記した。そんな中で「伝統」とは流れに逆らって維持することではなく、「流れに寄り添う」ためにいかにその世代が時流に対応できるかが成果となるのだろうか。
産業革命では労働者の居場所が変わった。いなくなったわけではなく、「求められる場所が変わった」。そしてAI革命では誰の居場所が変わるのだろう。私の周りでは「摩擦をさけながら自己主張を好む傾向の人」が居場所を変えなければいけなくなっているように思う。雑な言い方をすると「人間とかかわる時間が短い仕事」をする人達が「人間とかかわる仕事しか選択肢がなくなってきている」ように思う。かかわるというのは「交渉」だけではない。関わりなので「ケア」だって「創作」だって人間とかかわる。さらに、本音と建て前のうち、「建て前」の価値が低くなるかもしれない。ゴリゴリの「建て前」としての伝統芸能よりも、人徳が必要な大衆芸能の方が支持されるかもしれない。つまり「匠の技」の定義が変わるということだ。化学的な技術と経験値は数値化できるようになってきた。人々は「人徳」への共感を優先する。
戦後、教科書を墨で塗りつぶした教育で80年かけて「殿様のために死ぬことが美徳」は歌舞伎の世界だけとなった。その歌舞伎も「流れに寄り添う」変化に対応する演目を創作する活動をする必要性に迫られている。
戦国時代のように人間が人間を殺すことが個体数を保つ仕組みだったのだとしたら、今の人口減少は「平和的個体数維持」の仕組みが作用しているのかもしれない。環境変化もあり、方丈記の時代よりは行く川の流れは「濁流」だろう。殺し合いにつかれた末、方丈の庵で自然と一体化することが着地点だった。
文化の繁栄が途絶えるきっかけは大体、気候変動と聞く。エアコンがないと生きてゆけなくなってきた。気候変動が地球的「動的平衡」だとすると、人間にはどうにもできないのだろうか。
考えてもどうにもならない、漠然とした無意識の不安が大衆芸能を求めているのかもしれない。
ぜーんぶやりつくした、大店の若旦那は「ほな、あの世にでも行ってみようか」と・・・・。という落語につい、心惹かれてしまうのは、精神的動的平衡を保つための免疫はんが「あんさんはこれがええで」と教えてくれるんかいな。