リーダーシップは自身を導く力。

 

このブログでは、人生を、自分自身が舵をとって進もうとするすべての人のことをリーダーと言ってます。

 

 

 

<今日のあらすじ>

商人、農民たちはそれぞれ自分たちのコミュニティを作るようになり、団結して行きます。そして有史以来初めて、農民が団結して立ち上がり一揆が行われました。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、もうこのへんで足利政治についてはやめます。

 

 

 

 

今日は室町時代の人々の暮らしにふぉーかすします。目

 

 

 

これまで、町の人々が必要なものを手に入れたい時は行商が来るのを待つか、月三回開かれる市(三斎市・さんさいいち)にいっていました。が、この室町時代になって来ると、月六回の市になり、さらには市が毎日ひらかれるようになって、お店というものができました。

 

 

そして、市場町と呼ばれる商業盛んな町ができました。また、物資輸送のための港もそうやって賑わいました。商業が盛んになると、それを輸送する人、作る人(職人)も誕生しました。そうやって同業集団が「座」としてまとまるようになります。

 

 

祇園祭は京都を代表するお祭りですね。夏になると流行る伝染病をおさめるために神(八坂神社)に祈ったのが始まりです。のちの応仁の乱で途絶えてしまいますが、復活させたのも町衆(この地の座)でした。影響力に加え、それだけ莫大な経済力をも持っていたのです。

 

 

 

 

 

一方、農民は農民で、初めて「一揆」を起こします。当時彼らは地域ごとにまとまるようになり(惣)、村の神様が祀られている鎮守の森で何かと言うと集まって話し合いました。寄り合いに出ないと罰金だーとか掟も作って、一揆とか掟作りの大事な寄り合いにはみなで酒を飲み交わし、団結心を固め裏切りが出ないようにしました。

 

 

 

惣や座など、各面で人々がまとまるようになりました。惣ではとくに一向宗(現在の浄土真宗、一向に南無阿弥陀仏を唱えれば救われるということから一向宗と呼ばれた)の信徒たちが「講(信仰の集まり)」をつくり、熱心に信仰を語りながら各地で一向一揆などを起こしました。

 

 

 

日本人の農民が初めて、役人や領主、武士の言いなりを拒否し、自分の意思をはっきり示したのが、1428年、正長の土一揆と呼ばれる出来事でした。

 

 

 

↑正長の土一揆で勝利した際、地元のお地蔵さんの脇のところに勝利の嬉しさあまり文字が刻まれた。「正長元年から先は、神戸4箇郷の村々には、いっさい負い目(負債、借金)はない。」

 

 

 

 

一揆では借金帳消しの命令(徳政令)を求めました。時の将軍八代足利義政は、十三回も徳政令を出しました。それほど、その勢いはすごかったのでした。

 

 

 

 

次回は応仁の乱です。

 

 

 

 

 

 

 

今日はチェンジザドリームシンポジウムの対話会でした。

 

 

海外からの参加者の方に、このグローバル社会において日本人はいい人すぎて自己主張がなさすぎる、、、と言われてしまいました。。。おっしゃる通りですショボーン

 

 

鎖国中ならまだしもね。

 

 

 

 

日本を創ってきた人たちがあって、今日の日本があります。ここずっと、その人たちのことを書いているのだけれども、じゃあわたしは、何千年後の人たちのために、どんな日本を残したいかな、って、ちょっと考えました。

 

 

 

リーダー、あなたは、いかがですか?