俳優・渡辺裕之さん、芸人・上島竜兵さんが亡くなった
当たり前に活躍し認知されていた方々の死はどうしてなのか?
憶測では語れないので、報道が示す「自〇」なのだろうか?

私も精神疾患の持ち主

何度も浮かんだ「自〇」
その都度に苦しみ、意味がなく涙を流し
悪化していくに連れて幻視、幻聴、幻覚が押し寄せた
自分には無縁な世界へ私は行ってしまった
精神疾患、閉鎖病棟、精神病院の入院

初期は意図しなかった行動
運転中に電柱にぶつかろうとした(意図的に)
2度目は部屋の上から無数の声(住む階の上は誰もいない)
3度目は見えない物が浮かび上がる
最終的には精神崩壊した

病院に診察
診断名は「統合失調症」
今でこそ聞き慣れた病名ではあるが
昔は「精神分裂病」と言われていた

初期の入院は半年間、単発的に入退院を繰り返した
とにかく自発的に、あらゆるものに攻撃的にもなり
その都度、開放病棟から閉鎖病棟に移動
壁を破壊、人に対しての攻撃性
自分の中で、誰かもう1人の存在さえ感じた

投薬治療で入院から2ヶ月くらいで落ち着いた
その場をハッキリ覚えたのも、この頃だ
病棟は、正直キチガイの患者ばかり
ただ一部は普通にしか見えない患者もいた

壁に向かいお経を唱える者
指の隙間にタバコを全て差し代わる代わる喫煙する者
ブツブツ話す者もいた
様々な症状の患者が、様々な状況で入院していた

キチガイ以外の言葉以外見つからない
「あ~俺もキチガイになったのか…」
そんな気持ちで、どうにでもなれ的な感じしかない
しかし、病棟慣れってあるんだよね
いつの間にか周りの空気に馴染むようになる

一般世間的な精神病棟ではなくなる
それぞれが意思を持ち、それぞれが病気と向き合う
もちろん症状の重い患者は閉鎖病棟からは出られない
開放病棟は、退院の見込みもある患者が多かった
次第に仲間ができると、互いの病気の話もする

家族問題、生活問題、社会問題、対人問題、借金、離婚、家族との死別、本当に様々な理由から精神疾患になっている。
その時のインパクトが強すぎて、思考が狂うんだろうか?
けど入院中に、ケースワーカーが、その問題にも手を貸してくれる。退院後は訪問看護、ディケア、作業所の斡旋、また生活に不安を抱けば、今ではグループホームも紹介してくれる。
私が発症時はグループホームはあまりなく、地域によっては無かったが、今ではほとんどの地域にはあるのではないか?

一般世間的の精神疾患者は「怖い」ってイメージが根にある
昭和30年頃からはそうだったのかも知れないけど
平成、令和になり精神病棟も改善されている。強制的な拘束も確かにあるが、それは他の患者に危害が加わらない為の緊急処置。日常茶飯事にはない。

適切な治療と計画があれば、日常不安はない。
問題があるとすれば、興奮する事で発狂、症状悪化だろう
治療には長い時間を要する。けど、もう大丈夫と思って治療を個人でやめることが過ち。

報道でも何かあれば精神病を公表する
その認知が、精神疾患者を悪魔に変えている
誰もが該当する訳じゃない、もしかしたら本人の意思が正常かも知れない。または、適切な治療を受けられていないかも知れない。一概に精神疾患者を括るのは良くない。

今の世の中、誰もが強く感じてしまうストレス。
その限界を越えてしまったのが精神疾患者です。
上から目線で話せば、「コイツは敵」と誤作動も起こす
主治医はとにかく言葉や目線は対等です。
診察の中では日常会話もあります。病気の話だけではなく、しっかりと、精神疾患者を人間として見てくれてる。

生きてる者に不平等はない
所詮は赤の他人、気持ちも理解する事は不可能なんです。
理解するんじゃなくて、生きてる人間として世間も見てほしい。差別や偏見でみるのは間違い。感情も性格もしっかりあります。

精神疾患者を金目的に悪用する施設も沢山あります。しっかりと判断し、しっかりと相談するのも大切。逆撫でる発言、行動は患者は見てます。そこに集中し過ぎて考えてパンクもします。

私も長く精神疾患と向き合って生きてますが、やはり我慢や辛抱をしてしまう。「大丈夫」って言ってしまう。けど、以前、私は大丈夫と言って胃に穴が空いたり、もがき苦しんだ時もある。
本当は大丈夫じゃないんだけど、相手に気も使う、自分の意見はあたってないようなものなんです。

経験上、もがき苦しんでる時に自傷行為も、その勢いのまま命を経つことも浮かべました。それは今でも、今この時でも同じまま。それでも一呼吸置いて「明日も…」って考えたり、音楽を聴いたり、浮かぶ物を反転させてます。多分生きるってこうなんだろうなぁ~って。目的が明確にならないと、苦しみばかりが走馬灯する。
心の病気って、突発的なものもあるから、そんな時は違う事をイメージするのが大事だと私は思う。

生きろ!なんて言わない!
明日に行こう!でいいんじゃない?
先の見えない命より、明日も生きてみるか!が、程よいと思う。

心の病気を抱えている人に「大丈夫」なんて言葉は死語
大丈夫じゃないから日々苦しんでるんだからさ…