93歳は大往生だけど、もっと映画に出演して欲しかった、岸惠子、逝去の報。 | con-satoのブログ

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 岸惠子さんが亡くなった。93歳。年齢を考えれば立派な大往生。でも、岸さんには「老い」のイメージがない。いつまでも美しいマダム。

 

 岸惠子さんといえば女優業だけでなく、著作も多い。エッセイに小説、そのほとんどを読んでいる。著作物には、この人の潔い生き方が反映されていた。

 

 エッセイによれば戦後最大のヒットと呼ばれ、訃報でも代表作と伝えられる「君の名は」(アニメではありません)に出演することをためらっていた。ショールを被った「真知子巻き」が一大ブームになった作品。この作品に出ることには、相当抵抗があったけど、周囲の説得もあり、しぶしぶ出演。これが大ヒットした。

 

 エッセイで印象的だったのは戦中の空襲の逸話。10代の少女だった彼女は、空を染めるほどの激しい空襲を横浜の丘から眺めて「この日を境に、子供であることをやめた」と書いている。

 

 そして、国際結婚。これも結婚したイブ・シャンピに「パリに行きます」と手紙を書いただけで、単身パリに乗り込んで結婚する。

 

 その前にウィリアム・ホールデンに惚れられて「戦場にかける橋」に出ないかと、監督のディビット・リーンにも懇願されたとか。さらにはパリ時代にコクトーに懇願されて、初めて舞台を経験。この人の周囲はスケールが大きい。

 

 逆に72年に萩原健一と共演した「約束」では問題児ショーケンの主演なので、なかなか共演者が見つからないところで彼女にオファーが来た。当時はパリに住んでいたので、日本の芸能界に疎かったので出演を許諾。それが岸にとっても萩原にとっても70年代の代表作になった。

 

 そして70年後半から80年代にかけては市川崑とのコラボで何度目のかの女優としての黄金期を迎える。「悪魔の手毬唄」で数多くの主演賞を受賞。以降「女王蜂」「細雪」から2001年の「かあちゃん」まで数多くの市川監督作品に出演した。



 

 個人的には80年の山口百恵引退映画「古都」も印象深い。百恵とは大ヒットドラマ「赤い疑惑」で共演。パリのおばさま(実は本当の母)役をエレガントに演じていた。このドラマのクライマックスは岸の住むパリが舞台。イメージ通りにマダムな岸惠子。

 

 真逆だったのは79年の「沿線地図」。脚本の山田太一はあえて岸に川崎の電気屋のおばさんを演じさせた。それは松竹で育った山田太一だからこそ、まったく違う役を演じて欲しいという意図。それを見事に演じきった岸惠子。



 

 生涯、女優。これほど似合う人もいなかった。


「わりなき恋」はベストセラーに。