奥田英朗の「オリンピックの身代金」。面白いとは聞いていたけど、タイトルが少し重い気がして、読む機会を先延ばしにしていた。
公開時期の決まっている映画とは違い、小説の場合、いつでも読めると思っているので、先延ばしにすることも多い。
この「オリンピック」はそんな一冊だった。読み始めて驚いたのは、単行本で500P2段組みの大作なのに、軽やかにスタートすること。
しかも、核心部分から始まる。最初に登場するのはテレビマンのチャラい男。スポーツカーでオリンピックで新しくなった東京を疾走する。代々木公園、表参道、青山通り、そして彼の家のある千駄ヶ谷へ。
警察幹部の父親はオリンピックの警備最高担当者。神宮花火の日は1000坪以上あるという彼の家から花火が楽しめる。
都心の千駄ヶ谷にあって、茶室はおろか、敷地内にテニスコートまである豪邸。しかし、遺産相続税で近いうちには、ここを引き払わなくてはいけない。
それにしても、昭和30年には、都心にこんな豪邸があったのだ。その花火の日に彼の家が爆弾の犠牲になる。その実家の近く出会ったのが大学時代の同級生。
しかし、事件は隠蔽される。ダイナマイトで爆発されたのに、単なる「ガスもれ」による爆発と処理される。それには、警察の面子を潰さないようにとの配慮があった。
そして2件目は中野駅前の警察学校。この爆発も事故扱いになり、報道されることがなかった。
そういう展開で始まる物語。ここまで50P程度なのに、頭の中に。昭和39年の生まれ変わりつつある東京の風景が浮かんでくる。
ここまで、この長い小説の序章程度。それでも、一気に昭和39年の東京へ連れ込まれる。1964年の東京、日本橋の上には高速道路。代々木に誕生した丹下健三の宇宙船のような体育館。原宿界隈などは、まだ普通の住宅地だったころ。(原宿の裏通りには、80年代まで、ごく普通の住宅、アパートがあった)
この描写がお見事。笑えたのは、犯人の同級生のTVマン。明らかに番町にあるテレビのAD。「シャボン玉ホリデー」なんて具体的な番組名まで登場する。
赤坂のラテンクオーターでバイトする彼女はタレント志望。麻布のマンションで生活しているなんて描写にリアリティがある。狸穴や霞町あたりの高級アパートには、たくさんのお水のおねえさんたちが住んでいたろう。
こんな細かな描写が実にリアル(蒲田などの下町の描写も)。このリアルさがサスペンスを盛り上げるのだ。
