ジェフリー・ディヴァーの間に東海林さだおを挟んで和む「平成元年」のエッセイ。 | con-satoのブログ

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 このところ、ジェフリー・デーヴァーのサスペンス小説にハマっている。それまで名前は知っていたけど、読んだことがない作家だったのに読み始めると、ミステリー&サスペンス小説ファンからの高い評価が納得の物語展開。ドキドキしながら、いつも500 P近い長編を読んでいる。結構緊張する内容なので、読み終わると疲れる(いい意味なのだけど)。

 そんなデーヴァーの小説を読んだ後は、軽い東海林さだおのエッセイを選んだ。東海林さんのエッセイって、本当に軽やかで、発想はおっさんなにしなやか。かくあるべきのおっさん像なのだ。

 若い人のことは観察するけど、媚びはしない。とはいえ、おっさんで何が悪いと居座らない。その辺の絶妙なバランスが、いつも心地よいのだ。

 今回読んだのは「平成元年のオードブル」というエッセイ。今から考えるともう35年以上も前の世界。昭和だけでなく平成も過去になりつつある。まして「平成元年」って年号は変わっているけど、価値観は昭和のまま。このエッセイを読んでいると35年の時の流れを感じる。


 エッセイの中で出てくる週刊文春の「OL改造委員会」。これはOLが職場のオヤジに対して不平、不満をストレートにぶつけた人気ページだった。

 これさえも、不満どころかセクハラ、パワハラ、カスハラ、さなざまなバリエーションのハラスメント。今なら、即、社会的な制裁を受ける案件。

 平成元年では、まだ、そんなことばもなく、おじさんたちは、女性に肩を揉み、機嫌が悪いと「カレシと喧嘩でもしたの」などと土足でプライバシーに踏み込んでいたのだ。

 時の流れを感じながらも、東海林さだおのユーモアを楽しんだ。