世界の注目を集めるパレスチナのガザ地区。ガザではないヨルダン川西岸地区の現状を描いたドキュメンタリー「ノー・アザー・ランド」。イスラエルのよる執拗な占領のようすが描かれる。
「ノー・アザー・ランド」★★★★☆
この映画の特長はパレスチナ人からの目線だけでなく、取材者にイスラエル人を組み入れたこと。イスラエル人のユハムは自国政府の非人道的な行為に怒りを感じて、このドキュメンタリーに参加する。
今回のガザの問題。ハマスの人質を取るという戦法には大きな問題はあると思う。しかし、イスラエル政府の強硬さが背景にあったことは否めない事実。
そこを当事者の立場で描かれている。イスラエル人にとっては、いま、国があるのは、自分達が2000年も彷徨って生きてきた代償としては当然、という思いがあるのだろう。その土地がどの民のものなのか、というは一番難しい問題。
台湾問題でもウクライナでも、領土の帰属は簡単にはできない。トルコやシリアでのクルド人問題も同じ。人は白黒付けたいので、どちらかに肩入れしてしまいがち。でも、どちらにも正論があるのだ。
この映画は、あくまでのパレスチナの目線。イスラエル人を巻き込んでいるとはいえ、彼がイスラエル全体を代表するわけではない。
逆の映画が作られる可能性があるかといえばないだろう。パレスチナ人がパレスチナを大っぴらに批判するなんて想像できない。いつでもパレスチナ=被害者、イスラエル=加害者の構図。パレスチナ人がパレスチナを批判したりはしない。
ということは視点を変えれば、体勢批判を公にできるイスラエルの方がましとも思える。画面に映るのはイスラエルの横暴さ。それだからといって、一方的な思考を持ってはいけないと逆に思えた。
ただ、故郷を持たない自分にとっては、生まれた場所が特別な場所ではない。この映画のパレスチナ人は、その土地が絶対的なものとして、語っている。
確かに一理はあるどけ、映画を観たあと、自分に置き換えて考えると、ある土地を去るということは、時には仕方ないことなのではないかと考えた。(もちろん「追われる」というのは意味が違うとは思うけど。それでも、生まれ育った場所、家で一生過ごす人など、稀なのではないか)
ただし、この映画に嘘があるという意味ではない。今年のアカデミー賞候補作。来週には結果が出る。果たして、受賞なるか?可能性は大きいだろう。
