クリスティの人間洞察の確かさを今回も感じた小説「娘は娘」。 | con-satoのブログ

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 アカザ・クリスティが別名義メアリ・ウエストマスコットの名前で発表した小説「娘は娘」を読んだ。

 名作「春にして君を離れ」に続く作品。1952年に発表された母娘にまつわる小説。夫を早くに亡くして娘を一人で育てた母親。その娘も成長して結婚適齢期。しかし、ボーイフレンドはうだつの上がらない男。母親はなんとか別れさせようとする。

 しかし、今度は母親に恋人が出来る。彼を気に入らない娘は、なんとか別れさせようと画策する。結局、母親は娘を選び、男とは別れる。これが1章。 

 第2章では、夜遊びにいそしむ母娘が描かれる。次第に生活が乱れていく。それを戦後の変わりゆく価値観を反映した当節流の生き方と考える母娘。しかし、昔の彼女たちを知る周囲の人々は戸惑いを隠せない。

 第3章では、娘は金持ちだけど不埒な男と結婚して麻薬漬けになってしまう。第二次世界大戦後の価値観の乱れる英国の姿が描かれる。

 しかし、クリスティは時代に流されない生き方があるだろうと主張している。多くの人は、情報に流される。それは今のネット社会だからではなく、いつの時代でも同じだとわかる。人は「今は」といって時代に身を委ねる。その脆さを抉るクリスティ。清くも怖い小説なのだ。

 登場人物のキャラクターの書き込みが実にうまい。堅実な母親。でも真面目なだけに一人よがりな部分がある。その一人よがりな部分がどんどん増長されていく。

 娘は賢さを持っているのに世情に流される生き方を選んでしまう。しかし、最後の選択には彼女の賢さが生きてくる。二人を親族のように見守るメイドのキャラもいい。昔はこんな雇われ人がいたのだ。