小林旭の自伝「さすらい」を読んだ。昭和30年代、日活黄金時代の大スター。そして、昭和の歌姫、美空ひばりの唯一の結婚相手。ひばりとの結婚の経緯は有名だけど、時間を経て、あたらめて当事者が語ると生々しい。
等々力に生まれ育った小林旭。父親は映画の照明屋だったそう。その意味では素人の家系ではない。やんちゃだった旭は「外車に乗りたい」一心で俳優を目指す。父親のコネで東映を受けるが、旭の前に立ちはだかったのは高倉健。のちの東映の大スターの登場で、東映は不合格。翌年、日活へ。当時、裕次郎は大スター。有名作家、石原慎太郎の弟として、日活に三顧の礼で迎えられた裕次郎と違い、旭はスター候補とはいえテスト生。大部屋俳優として先輩たちの強烈なイジメにあう。しかし、大部屋にいるうちに、主演クラスに抜擢される。それが、また万年大部屋の俳優たちの嫉妬の対象になる。
大部屋の3年が過ぎ、旭は裕次郎とともに日活に看板俳優になる。そうなると大部屋では裕次郎派と旭派が誕生したそうだ。いかにも昭和の芸能界。
そして旭といえば永遠の歌姫、美空ひばりとの短い結婚。わずか1年半。しかし、その1年半も、ひばりにはステージママの母親を始め一族が付いている。さらに親代りの山口組組長の田岡一雄の存在。旭との結婚も離婚も田岡の一声で決まったそうだ。そのやりとりは巷間さんざん言われているが、当人の言葉で語られると生々しい。
当時の撮影所の話や、ひばりとの結婚、さらに女優、青山京子との再婚、事業の失敗など。赤裸々に、かつ淡々と語る。もう、裕次郎もひばりもいなくなった後なので、素直に思ったまま話ができるのだろう。
代表作「渡り鳥」シリーズはアジア圏でも人気が高くて、香港からハリウッドに進出したジョン・ウーも旭の大ファンだったのは有名な話。旭にもハリウッド映画界から誘いがあったそうだ。
それにしても若い時の小林旭はかっこいい。甘さとやんちゃさ。裕次郎もそうだけど、この時代のスターは基本的に育ちのいい人が多い。育ちがいいのにやんちゃさがある。昭和とはそんな時代だったのだろうなと思った。
