中川右介の「松田聖子と中森明菜」を読んで思い出す80年代③松田聖子のインテリジェント | con-satoのブログ

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 評論家、中川右介の著書「松田聖子と中森明菜・1980年代の革命」。歌謡曲&芸能畑の人でない評論なので、事象を客観視しているところが面白かった。

 だた、彼女たちへの愛がないというか、リスペクトがないことは気になった。特に松田聖子に対する記述。彼女の興味があくまでも外見であって、内面にはまったく向いていないというような記述。

 別に松田聖子が理知的な人だとは思わないけど、それほど外見にしか(外見にベクトルが高いのは事実としても)関心がないとは思わない。

 この著書でも、初期の作詞を担当した三浦徳子のコメントが書かれている。それは「彼女にある種のインテリジェンスを感じた」ということ。初期だけを担当した作詞家。(実は松田聖子像を完成させた)

 後年、松本隆の作った松田聖子が、やや、したたかな女性になっていることを「彼女がそうなったからじゃないの」と辛辣に語っている。そんな三浦が聖子に「ある種」であってもインテリジェンスを感じたと言っているのだ。


 松田聖子という人は面白い人で、大抵インタビューの受け答えはつまらないのに(ユーミンの言葉がいつも切れ味がいいのと逆)時折、ドキッとすることを言うのだ。

 デビュー直後には「ライバルは三原順子さん?」と聞かれ、きっぱりと「違います。田原俊彦さん」と答えている。

 80年、山口百恵が引退して、アイドル界はポスト百恵を探していた頃。三原順子はツッパリのイメージに「金八」先生の成功で、ポスト百恵の最有力と目されていた。しかし、聖子はデビュー間もないのに即座に、三原順子を否定したのだ。

 結婚後のインタビューでは「座右の銘は?」と聞かれ「分相応」と答えていた。奔放に生きる聖子が「分相応」というのもおかしいけど、こういう常識をわきまえているのが聖子なのだ。 

 それでなければ、ユーミンに「もう卒業しなよ」と言われても聖子との関わりを続けた松本隆も、サウンド面で支えた大村雅明もないはず。

 そういう点をこの著者は見過ごしている。アイドル=人形の図式から抜け出していない。