名門情報誌などと持ち上げられた「CITYROAD」。しかし、再建の道は平坦ではなかった。この媒体を買ったのは久留米で情報誌を経営していた会社。しかし、同じ情報誌といっても都会の情報誌と地方のそれとではぜんぜん違う。その辺の認識の違いが問題になった。
ライバル誌「ぴあ」も「CITYROAD」もカルチャー情報誌。しかし、地方は地元のお店などの情報が中心。読者の中心は高校生。地元の高校生を掲載して関心をもたせて買わせるというのが地方の情報誌に主流なあり方。関西圏は東京スタイル。福岡や札幌といった地方の大都市は、その折衷型。
この会社は典型的な地方型。その会社が「同じ」情報誌と考えて運営するには無理があった。紙面の問題だけでなく、会社の日々の運営の考えも違った。
最初に問題になったのは交通費。事務所は新宿から乃木坂に移動した。川口から通う編集者がいた。JRの運賃が高いので月額の定期代は1万数千円だった。社長は「勝手に遠方に住んでいるのだから、通勤費の支払い額は1万円まで。あとは自己負担。」といった。その理由は久留米では皆、自動車通勤でガソリン代として1万円を支給しているそうだ。だから「川口はどこか知らんが、そんな遠いところに住んでおるのは自分の勝手。自己負担しろ」と強硬だった。なんとか説得して全額支給にしたが、こんな認識の違いをいちいち埋めなければいけない日々になった。