クロード・シャブロル「いとこ同士」をめぐる話。知らないヌーヴェル・ヴァーグ。 | con-satoのブログ

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 フランスの60年代後半、社会情勢の変化により、社会の変革を求めて若者たち。それに影響されたのか、偶然の一致なのか、映画界では古い映画体制を否定したヌーヴェル・ヴァーグが起こる。

 その中心人物とされるのジャン=リュック・ゴダール、トリュフォー、ルイ・マルなど。さらに当時、ゴダール並みに重要とされたのがクロード・シャブロル。

 この中で、ゴダール、トリュフォー、ルイ・マル、さらにアニエス・ヴァルダ、ルルーシュ、ジャック・ドミなどは、80年代でも、現役作家だったのに、シャブロルだけは、若い映画ファンに認知度が低い、過去の人だった。

 ある意味「いとこ同士」という傑作だけの「一発屋」的な印象。しかし、当時のことを知っている、体験している人には、シャブロルは大変重要な作家。今読んでる小林信彦も彼のことを書いている。先日読んだ秦早穂子さんの本にも出てくる。

 彼のことを知ったのは大学生の時。バーで知り合いになった演出家が好きな映画の話をした時「生涯の1本」として「いとこ同志」を挙げたのだ。80年あたり。当時はトリュフォー全盛期。ルイ・マルの傑作「鬼火」を撮り、ハリウッドに渡り問題作「プリティ・ベイビー」を撮っていた。ドミ&ヴァルダ夫妻も彼らのペースで新作が発表されていた。ゴダールは沈滞時期だったけど、全盛期の作品はいつでも名画座にかかっていた。

 しかし、当時、同世代ではシャブロルのことを語る同世代の友人はいなかった。つい10年ほど前に「いとこ同志」を観る機会があった。この手の映画はやはり同時代性が必要だなと思った。それでもヌーヴェル・ヴァーグの時にはシャブロルは、その流れの中心にいたのだと、当時を生きた人たちの映画本を読むとわかる。自分にとっては失われた「新しい波」の偉人なのだ。こういうことを知るのは映画本の効用。