ハーバード大学の人類学者が手掛けたドキュメンタリー映画「リヴァイアサン」を観た。監督のルーシァン・キャスティーヌ=テイラーとヴェルナ・パラヴェルの二人。彼らはハーバードの「感覚民族誌学研究所」のディレクター。「感覚民族誌学」というのがワケがわからないが、この記録映画の触れ込みは「新感覚」のドキュメンタリー映画。上映しているのは渋谷の「シアターイメージフォーラム」。この映画、先日も「アウト・オブ・キリング」をヒットさせるなどドキュメンタリー映画を多く上映している。この映画の予告編が良く出来ていた。サムシング・ニューを感じさせる予告だった。
結果的には、この予告に騙された。予告で斬新に感じたのはGoProの映像のせい。3分程度の予告編は90分のこの映画のベストシーンの寄せ集め。元来、予告編とはそういうものだ。しかし、この本編、久しぶりの拷問のような映画体験だった。「ついにドキュメンタリー映画の限界が突破された」などという中沢新一の言葉に騙された自分がバカでした。元々、中沢新一なんて、怪しいと思ってるのに。これは単にGoProで撮影した映像を垂れ流した映画。機材の変化が表現の変化をもたらした。それは「限界の突破」ではなかった。劇場内は男子だけで女子はまったくいなかった。やっぱり女子は勘がいい。