蔦哲一朗が台湾のリー・カンションを主演に迎えた「黒の牛」。禅の悟りを開くまでの10章という構成。
最初は中国らしきところの山奥で始まる。山を降りるという妻と別行動をする男。一人で山中をさまよう。
しかし、彼は山を降り、場面は海岸へ。さらに、話が進むと舞台は日本に変わる。「昔、昔の話」かと見ていたら、写真機も登場。つまり、時代は江戸後期(明治)あたりということになる。
「黒の牛」★★★☆☆
いったい、いつの、どこの話なのだろうか。神話なので、場所も時空も飛び越えるということなのか。とても、不思議な映画だった。
映像は力強い。主演のカンションはセリフがないのに、すごい存在感。顔をだけで、すべてを表現している。
外国キャストを迎え、インターナショナルな映画を目指したのかもしれない。でも、こういうスタイルがインターナショナルなのではない。
黒澤映画が国際的な評価を得たのは、確固とした物語で構成されていたから。それに、地に足をしっかりつけて表現されていたから。無国籍風だから、国際的に通用したわけではない。
どうも、この映画、製作側がその辺を勘違いしているのではないか。中国の話なら、中国で。日本の話なら日本で展開すべき。写真を撮る件など、まったく不要。
音楽は坂本龍一担当とクレジットされているけど、その音楽も印象には残らない。ただモノクロの映像があるだけ。
狙いはわかるけど、悪スベリした印象。
















