con-satoのブログ

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映画を中心にエンタメ、旅などを紹介しています。

 アメリカ音楽界でドンのような存在だったクライブ・デイビスが亡くなった。94歳の大往生。アメリカでは大物中の大物だけど、日本では知っているのは音楽業界の人ぐらいだろうか?

 

 音楽業界と関係ない自分が彼を知っているのは、彼が手がけた、バリー・マニロウ、ディオンヌ・ワーウィック、ホィットニー・ヒューストンのファンだから。

 

 この3人の共通点。それはクライブが作ったレーベル「アリスタ」の所属だったらから。80年代のアリスタにはソニーやワーナーなどメジャーレーベルに匹敵するほどのスターが揃っていた。

 

 この3人に加えアレサ・フランクリン、パティ・スミス、ユーリズミックス(アニー・レノックス)メリサ・マンチェスターなどなど多彩な顔ぶれが揃っていた。

 

 その中心にいたのが、クライブ。元はNYの弁護士。音楽ビシネスとの関わりはコロンビアの顧問をしたこと。それがトップになり解任されと、アメリカのビジネスの紆余曲折そのままの展開。

 

 しかし、アリスタを作ってからは、裏方ではなく辣腕プロデューサーとして有名な存在になった。その当時を知る一番簡単な方法は2022年に公開されたホイットニー・ニューストンの伝記映画。

 

 この映画でクライブを演じているのは「プラダ」のスタンリー・トゥッチ。芸達者な彼がクライブそのものになって、ホイットニーの成功の立役者を演じていた。



 

 アメリカではそれほど大物なのだけど、日本ではクライブも、アリスタもそれほど知名度がないのは残念。

 米澤穂信が直木賞を受賞した「黒牢城」。この原作を黒沢清が映画化。本木雅弘の主演で映画化した。


 本木が演じたのは、戦国の武将、荒木村重。物語は村重が織田信長に反逆して有岡城に籠城する。


 織田側に戻るように黒田官兵衛が訪れるが、村重は官兵衛を幽閉してしまう。黒田官兵衛を演じるのは菅田将暉。



「黒牢城」★★★☆☆


 本木、菅田以下、吉高由里子、オダギリジョー、柄本佑、渡辺いっけい、ユースケサンタマリア、青木崇高、荒川良々なと多彩なキャスト。


 もちろん原作は直木賞受賞作の完成度の高い作品。同年の「このミス」で1位にも選ばれているミステリー時代劇。


 土台はしっかりしている。問題はやはり黒沢清の演出。


 この素材と黒沢清の相性が良いとは思えない。


 黒沢清はどちらかといえば、描がく対象人物に距離を置く人。それがクールな犯罪劇にはハマるが、このタイプの時代劇には向かない。


 映画を観終わって、どうして、この原作の映画化に黒沢清が手をあげたのか、疑問に思った。


 豪華なキャストも空振り。本木雅弘は相変わらず丁寧には演じているけど、彼の中の村重像は見えない。


 菅田将暉は、大河の半兵衛から、今回は官兵衛。普通なら、受けたくない役のリレー。しかし、今回も見せる。しかし、登場シーンは多くはないので、作品を引っ張るほどではない。


 イラク内戦での難民たちを描いた「アイ・ワズ・ア・ストレンジャー」。想像を絶する傑作だった。


 ただ、あまりにもリアルなので、これを映画として観ていいものなかか。それほど、あの当時のイラクの厳しさが描かれている。



「アイ・ワズ・ストレンジャー」★★★★★


 毎朝、NHKの国際ニュースを見ているけど、この生温いニュースを1000時間見るより、この1時間45分の方がリアルだし、知るべきことが詰まっている。


 シリア難民の話だけど、映画はシカゴからスタートする。病院勤めの女性が映される。


 次のシーンで彼女がシリアのアレッポの医師だとわかる。しかも、シリアでは著名な医師。実家で誕生日を祝っている時に空爆を受け、自宅は崩壊。娘は助かるが、家族は失う。


 そこから彼女の難民生活が始まる。映画はシリアからトルコへ。トルコからギリシアへ移っていく。


 それぞれの町で、難民と関わる人々の姿が描かれている。このエピソードが実にリアル。


 トルコ編の主人公は「最強のふたり」のオマール・シー。彼が演じたのは、あこぎな密航業者。


 ギリシア編は難民を助ける救命船の船長。彼の奮闘で数多くの難民が助かる。でも、友人たちは、これ以上、難民が来ると迷惑だよね、と話す。


 そんな現実の厳しさを、それぞれの立場で、見事に描き分けている。


 見事だなと感心したのは、アレッポで瓦礫に埋まった彼女を救った白ヘルメット隊の活動。ささやかな描写だけど、彼らの活躍を的確に伝えている。


 この白ヘルメット隊。ノーベル平和賞の候補にはなったけど、選ばれることはなかった。受賞すれば億のお金が授与される。命をかけて活動する彼らこそ、受賞に値する団体なのに。ノーベル平和賞は選択眼は節穴。


 

 今から10年前に公開された映画「64)(ロクヨン)」。原作は横山秀夫。横山作品は好きなので、かなり読んでいるけど、実は代表でもある、この作品は読んでいなかった。

 

 映像作品を先に見てしまった作品に関しては、映像の残像が薄くなった頃に読むようにしている。映画から10年経って、あれ?主人公を演じたのは誰だった?ぐらい記憶が薄くなった頃がちょうどいい。

 

 この映画化作品は、日本男優のオールスター映画だったけど、細かなキャストはすっかり忘れている。実は主役が佐藤浩一だったことも、うる覚えだった。

 

 それほど原作とイメージが違った。原作の三上は定年間際に近い元刑事。妻は元婦警。警察署の中でも美人婦警で有名だった存在。映画で演じたのは夏川結衣。


 娘は不細工な父親に似てしまったことを悲観して家出しているという設定。映画で演じたのは芳根京子。


 映画では父親が佐藤浩一だから、彼女でもおかしくない。でも、原作では、自分の(父親似の)不細工さを気にして家出する娘なのだ。(母親が美人なのも、彼女のコンプレックスを刺激している)なので、原作のイメージでは佐藤浩一も芳根京子もそぐわない。

 

 逆に原作を読んで、原作以上に役を膨らましているなと思い出したのが永瀬正敏。舞台になる誘拐事件の被害者の父親役。




 主に警察の人間関係が主な話になるので、警官役の俳優がたくさん登場するなかでは、部外者役なので、目立つ役ではあるけど、この映画の永瀬正敏の迫力。原作のイメージ通りというか、それ以上。

 

 そういえば、昨年メガヒットした「国宝」でも永瀬正敏は頭の数シーンだけの登場だったけど、強烈な印象を残している。主人公の父親、ヤクザの親分。冒頭で殺されてしまう。

 

 「国宝」もオールスター映画だったけど、出番が少ない割に、あの冒頭のシーンが強烈に残っているのは永瀬の存在があってのこと。

 

 横山秀夫の原作を読んで、思い浮かべた永瀬正敏の凄さ。

 18世紀イギリスでシェイカー教を創始した女性アン・リーの物語。それをアマンダ・セイフライドの主演でミュージカル仕立てでみせる。

 

「アン・リーはじまりの物語」★★★★☆

 

 「レ・ミゼラブル」や「マンマ・ミーア」などのミュージカル映画経験者アマンダ。

 

 18世紀貧しい環境の中、子供を失って、新たな希望を探す物語。それが、ひとつの信仰だった。しかし、迫害されて、新天地としてアメリカを目指す。

 

 宗教心が薄いので、そんなものなのかな?と思う。でも、信じる気持ちを否定的には見たくない。

 

 他の人には、共感できるものではなくても、信じることは、その人の権利。

 

 アマンダ・セイフライドは、ほとんどすっぴんの熱演。虐げられながらも、信仰を貫く女性の人生を演じている。女優にとっては、やりがいのある役。

 

 重いテーマはミュージカル仕立てにしたことで、見せ方として少しだけ軽くなっている。 

 

 その音楽は美しく、力強い。考えてみれば、宗教音楽って特別な魅力、磁力がある。

 

 レクイレムもイスラム教のアザーンも信仰とは関係なく、心穏やかになる音の響がある。

 

 イスラム圏にいる時、朝方や夕刻にアザーンが聞こえると、何故が敬虔な気持ちになった。

 

 この映画の音楽には、同様の説得力があって、耳に心地よい。

 

 

 

 

 倍賞千恵子さんのエッセイ「お兄ちゃんへ」。お兄ちゃんは実の兄のことではなく「男はつらいよ」で共演した寅さん、渥美清のこと。

 

 渥美さんが亡くなられた後の心境が綴られたエッセイ。この本では渥美さんへの思いや、倍賞さんの自伝的な内容も織り込まれている。



 貧しかった少女時代。でも温かった家族の話。美しい兄妹愛には微笑ましくなる。姉は中学を卒業すると家計のために就職。そんな姉の姿に倍賞さんは「寅さん」のさくらさんを重ねているのだとか。

 

 そして、涙なくしては読めないのが、渥美さんの晩年の話。シリーズは48作まで製作されているけど、そんな最晩作のころではなく、89年公開の42作「ぼくの叔父さん」の頃から渥美さんの健康は優れなかったそうだ。

 

 それまでは、撮影の合間に楽しい話をしていたのに、その頃になると本番以外に時間ではスタジオの隅で寝ていたそう。それほど体が弱くなっていたそうだ。

 

 この「ぼくの叔父さん」以降、さくらの息子、満男の話が膨らんでいくのは、いかに渥美さんの負担を減らすかという工夫の結果だったとか。

 

 確かに当時NHKで放映された48作の撮影のメイキングの番組で、渥美さんが撮影の合間にまったく笑わない、辛そうにしていたのが印象に残った。

 

 でも、その番組を見た時(48作公開前)には、それが渥美さん=寅さんの最後になるとは思えなかった。でも。あの48作を観終わったあと「これは最後の寅さんになるのかな」と漠と感じた。その悪い予感はあたり、翌年、渥美さんは天国に召された。

 

 それでも5年以上もそんな状態で撮影されていたなんて、ショック。

 

 何度か街でお見かけした渥美さんは、いつもジャンパーで元気そうに見えた。それは悪くなられるずっと前だけど、渥美さんが寅さんのように元気な人だと思いたかった。そんな観客の思いにスクリーンでこたえてくれていた渥美さん。ありがとう。

 週刊文春から季刊で発行されている映画特集の別冊「文春CINEMA」。そろそろ夏号が出るかな?と思って、週刊文春の自社広をチェックしていたけど、なかなか出ない。

 

 映画「マイケル」は、このCINEMA別冊の大出稿主、木下グループの配給作品なので、公開のタイミングで必ず出ると思っていたのだ。

 

 最近は以前ほど、書店に行く機会が減っているので、(そもそも書店が少なくなっているし)書店でのチェックも、そう頻繁に出来なくなっている。

 

 先日、銀座に出た際に寄った教文館の映画・演劇コーナーでやっと見つけた。(どうして、週刊文春の自社広はないのだろう?)

 

  当然、表紙はマイケル。センターには劇場で配られていた冊子が付録になっている。

 

 

 この冊子、タダで配るものにしては内容の濃い、丁寧な編集だなと思っていたら、なるほど、文春で編集していたのだ。

 

 巻頭グラビアではマイケルをイメージした「りくりゅう」ペアが登場。そうか、彼らも木下グループの所属。

 

 木下グループとしては、かつてないほどのメガヒット映画になる「マイケル」。その意味では、スポンサーにべったりの内容。でも「マイケル」なので、違和感なく納得。

 

 有楽町マリオンにあるコニカミノルタのプラネタリウムに行った。かなり前にオープンしているけど、行ったことがなかったのだ。

 

 20代の頃、悩み多くて、人生に疲れたなと思った時に行く場所があった。ひとつは奈良の東大寺。週末の新幹線に飛び乗って、大阪に泊まり、翌日の朝、近鉄で奈良に向い、大仏殿に行く。

 

 あの大きな大仏を前にすると、自分の悩みが小さく感じて、そのまま東京へ帰った。

 

 そこまで深くない時は、渋谷駅前にあった文化会館の屋上にあったプラネタリウムに行った。プラネタリウムに映される満点の星を見ると、やはり、自分の悩みは小さいと思えたのだ。

 

 中年以降になると、それほど人生に悩むことなく日々を送っているので「悩んだ時のプラネタリウム」のパターンはなくなっていた。

 

 その間、プラネタリウムは進化していたようだ。その評判は聞いていたし、マリオンに行くたびに看板は観ていたので、どんなものかなと思っていた。

 

 先日、たまたま時間がピッタリだったので、行ってみた。平日の午後。なのに、それなりの人。料金は2200円。昔のプラネタリウムがすごく安かった記憶だけど、今どきはこんなものかと場内へ。

 

 

 

 

 おしゃれなロビー。カップルが多い。土日ならカップルばかりなんだろうな。

 

 で、肝心のプラネタリウム。これが今はこんなものだとびっくり。館内では髭danとかYOASOBIのJ-POPが流れて、星空というより編集された映像が流れる。

 

 

 

 

 ウーン、自分が期待する満点の星空の世界ではなかった。まあ、こういう風にコンテンツとして工夫しなければ、お客さんは来ないのだろうと思いつつ、あの文化会館の素朴なプラネタリウムが懐かしい。

 マイケル・ジャクソンの伝記映画「マイケル」。予想通り日本でも大ヒット。

 

 「ボヘミアン・ラプソディ」の時と同じようにマイケルを知っている世代だけでなく、マイケルの現役時代を知らない世代も動員できている。

 

 マイケルはちょっと年上だけど、ほぼ同世代なので、登場人物はほとんど知っている人ばかり。それがみんな良く似ている。

 

 モータウンのファウンダー、ベリー・ゴーディは、現物より、ちょっとイケメンだったけど、やはり似ていた。

 

▲ご本人。

 

 一番笑ったのが、プロモーターの大物ドン・キングの登場。

 

 ステージパパのマイケルの父親がジャクソンズのコンサートの仕切りを頼むシーン。確かにドン・キングって、当時の一般人でも、その名を知る有名人だった。

 

 アリあたりから頭角を現して、マイク・タイソンの時代、プロモーターという立場なのにスターのようにメディアに出まくっていた人。胡散臭くてインパクトがアリアリの人だった。

 

 マイケルの映画にまさかドン・キングが登場するとは。しかし、あの胡散臭いパパが頼ったのがドン・キングというのも凄い裏話だった。

 

 それにしても、マイケルは、やはり周囲の人にいいように喰い物にされていたんだ。それが大スターの宿命といえば、それまでだけど。それで信じられるのはお猿さんの「バブルス」だけという人生。

 

 音楽的には天才だったけど、人生では優等生ではなかったマイケル。今は天国で幸せに過ごしているのだろうか。そうであって欲しい。

 

 ジェニファー・ローレンスとロバート・パティンソンが夫婦役を演じた「DIE MY LOVE」。

 

 愛し合って結婚したふたり。しかし、子供が出来て、妻は産後うつになってしまう。その彼女の暴走が止まらなくて。

 

「DIE MY LOVE」★★☆☆☆

 

 若手女優ではトップクラスの演技力のジェニファー・ローレンス。17歳の時にヴェネチア国際映画祭で新人俳優賞を受賞。22歳でアカデミー主演女優賞を受賞している。

 

 そのジェニファーも30代半ば。普通に考えれば、まだ若手のうちだけど、ハリウッドでは、次第に需要がなくなる年齢。

 

 そうなると女優はエキセントリックな役で自分の存在を示したくなる。今どきなら、製作にも名を連ね、自分が思い切り演技できる役で勝負したくなる。

 

 この映画はまさにそんなタイプの映画。演者としては、力が入っているが、観客はそれを楽しめるかというのは別。この映画も、そのドツボにはまっている。

 

 ジェニファー演じる女性は常に極端。パティンソン演じる男と恋愛、結婚する時も妙にパッションの表現が過剰。

 

 それが産後うつになると、さらに加速して、周囲に毒を撒き散らかす。この夫も、彼女に付き合うのはつらいだろう。でも、映画を観る観客はもっとつらい。

 

 お金を払い、時間を使って、いかれた彼女に付き合うのだ。観たい、共感するという人もいるのだろうか。ちょっと苦手なタイプの映画だった。