何かの協奏曲 -7ページ目

何かの協奏曲

Concerto for Something.

前回、「武満のCDを買ったときに少し疲れていた」と書いた。


実際に、体力的に疲れている自覚はあったのだけれど、

時に、人間は思いもよらないところで疲れを溜めているらしい。


国際政治の研究という職業柄、「普通は見たくないもの」をよく見る。

たとえばそれは、10歳にもいかない少女が自爆テロをさせられたという、

想像したくもない「現実」であったり、

軍の包囲にあって餓死寸前の人々についての報告書だったりする。

それらのなかには、目を覆いたくなる画像や映像も含まれる。


知らず知らずのうちに、そういうものは、やはり精神を疲れさせる。

それが先日、どっと湧いた。


「死んだ男の残したものは」。

武満のたぶん、最も有名な合唱曲だろう。

作詞は谷川俊太郎で、武満は一日ほどで書き上げたらしい。



  死んだ子どもの残したものは
  ねじれた脚と乾いた涙
  他には何も残さなかった
  思い出ひとつ残さなかった



この曲は、重苦しい歌詞なのに、音楽は沈鬱ではない。

とても美しいと言ってよい。

しかも、三拍子である。


ナイジェリアに、ボコ・ハラムというテロ組織がいる。

周辺国と協調した多国籍軍が、この掃討を行っている。


データを整理しながら、CDをかけていたら、この曲になった。

突然、何の前ぶれもなく、歌詞が耳に飛び込んできて、

(その前の曲まで、歌詞はろくに耳に入っていなかった)

どばっと涙があふれた。


ああ、疲れているんだ、という自覚症状。

そして、そりゃそうだな、とも思った。


そこから二日ばかり、まったく自分の頭が使い物にならなかった。


だけれどたぶん、この曲がこうやって助けてくれたんだろう、と思う。

疲れないわけがないのだ。

武満徹の合唱曲集をCDショップで手に取ってみた。

さて、合唱か、と思う。

わたしは、合唱のことはあまり知らない。

知らないが、いくつか曲の題名は知っている。


妻に、武満の合唱曲ってどうなの、と聞くと、

「やさしい曲が多い印象かな」という。

そうか、と思って、会計を済ませた。

思い返してみれば、少し疲れていたのかもしれない。



高校時代の友人には男声合唱部員が少なくなかったし、

義母もコーラス・クラブに参加していたりする。

だけれど、わたしは合唱のことはほとんど知らない。

そもそも自分があまり「いい声」でないと思っているうえに、

声をきちんと音程に合わせるのに、非常に神経質になってしまうので、

「さあ、歌って!」なぞと音楽の授業で言われるのは苦痛だった。


従って、合唱曲を進んで聞こうと思うこともあまりなかった。

せいぜい、ブラームスのいくつかくらいである。



帰宅してみて、CDをかけてみる。


「バラライカはサンカクだぜっ!」

という歌詞のあとのハーモニーが、いかにも武満である。

これをやさしいというのか、と思った。

わからない、という意味ではない。

なんだか、ころころ、ふわふわしている感覚がした。



先月号の雑誌『音楽の友』に、武満徹の娘のエッセイが載っている。

没後20年だからだろう。そこに書かれている武満の表情と重なった。


かた焼きそばが大好きで、食後はネコに話しかけたりする。

作曲に行き詰るとけん玉遊びを始めて、「十回中七回うまくいけば名曲」

なんて、けん玉を使って「占い」をしていたりしたそうだ。

(おもしろいエッセイなので、機会があれば読んでみてください。)


武満の曲は、そもそもあまり暗い影のようなものを感じないのだけれど、

合唱曲では、特にそういうものがなくて、日々のなかに音楽がある。

「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」なんて、典型的にそうだ。

しんどいときもあるけれど、明日をちょっと想像してみようね。

そんな「普通の声」がする。




身体と同じように、精神にもメンテナンスがいる。

当たり前といえば当たり前だが、気が付けば身体に負担が来ているように、

精神だって気遣って点検してあげないと、負担がたまっていたりするものだ。



私の場合それは、具体的に「視野の狭さ」となって現れる。

実際に、おそらく目玉の可動範囲が狭くなるのだろう、

空や遠くのビル―たとえば私の部屋からは横浜のランドマークが見える―が、

視野からいつのまにかいなくなっていたりするのである。

背も前かがみになっているのだろう。



そういうとき、無理やり時間を作って、海辺に行く。


湘南のカフェに適当に昼過ぎに入って、ぼんやりした時間を作る。

なにかを思いついたときのために、ノートと万年筆だけは持って。

本も持たず、外へ出よう。


ウィンド・サーファーがいる。

日の光が、銀の破片を散らしたように、海の上で金属的に反射する。

手もとにはコーヒー、ドーナツ。気が向いたら、サンドイッチを頼む。


風を享けて海を滑ったら、気持ちいいだろうな、と思う。

ドーナツをぱくりとかじる。うすら甘い粉っぽさが、口に広がる。



湘南