「最後の四つの歌」のほうがいいよなあ、といつも思う。
Vier letzte Liederだから「四つの最後」のほうが正しいけれど、
でも、私は「最後の四つ」がいいと思うのです。
リヒャルト・シュトラウスの最後の作品で、
オーケストラ・リートと言われるジャンルの掉尾を飾る。
残光、寂寥、夕暮れ……そんな言葉が浮かぶ。
浮かぶけれど、文章にはなってくれない。
素敵な曲です、と言っておけばよさそうだ。
リヒャルトの曲は、すべてが好きというわけではない。
たとえば(たぶん)一番有名な「ツァラトゥストラ」。
まあ、最初5分でいいよね、と思う(ごめんなさい)。
「サロメ」も、第4場以降だけでいいや(ほんとごめんなさい)。
ただ、刺さるものはものすごく刺さる。
心に隕石のように、落ちてくる。
「ばらの騎士」
「メタモルフォーゼン」
「オーボエ協奏曲」
「四つの最後の歌」
「メタモルフォーゼン」以外は、だいたい明るい。
勝手なイメージだけれど、きつすぎない光。
朝もやか夕暮れの光のなかで、喜びとか切なさが交錯するような。
卑下するのはやめよう。
毅然と、前を向こう。
だけれど、変に力みかえるのもやめよう。
そういうのを、なんと言えばいいんだろう。
エネルギー、だろうか。岡田章夫はそう言う。
無理をしないプライド、といえばいいのかもしれない。
生が、良いものだけでできているわけではないのに。
いや、良いものだけでできていないことは知っているから、
生は素敵だよ、と呼びかける声がする。
それは、小さなバラでいいじゃないか、という囁きだ。
大輪じゃなくても、薫り高くなくても。
きっと、きみはきれいだ。
そういう音楽。

