何かの協奏曲 -3ページ目

何かの協奏曲

Concerto for Something.

シベリウスの交響曲を、このところよく聴いている。

第6番と第7番で、だいたい続けて聴いてしまう。

気に入っているのは6番だけれど、気になるのは7番だから。


第6番は、どうしてあまり人気がないんだろう、とすら思う。

ファンタジックと言えばいいんだろうか。

空を飛んでいるような高揚感がある。

たぶん、いい演奏で聴けば、誰でも好きになるんじゃないかな。


それに対して、第7番は何といえばいいのだろう。

一応、四つのパーツからできているが、切れ目はない。

どこに行くんだろう。

そう思いながら、シベリウスの足跡についていくしかない。


特に謎なのが、最後の3分間だ。

わずかな弦が、このまま消えていくのかな。

そう思ったら、H→Cの大きな音が鳴る。

聴くたびに、心がぽかんとする。


え、いま投げ出されたんだろうか。

いや、違う。巨人が向こうに歩み去ったんだろうか。

どちらにしても、放り出された感じがしてしまう。


この曲を最後に、シベリウスは交響曲を書くのを止める。

それどころか、まもなく筆を折るように、大曲を書かなくなる。


わざわざ伝記で調べなくとも、第7番を聞けばわかる。

どこかへ行ったんだ、と。劇的ではないけれど。

「神話」などという曲もあるが、シベリウスに劇は似合わない。

「フィンランディア」が代表曲だなんて、悪い冗談である。


シベリウスは、心を湧かせたりしないのだ。

ただ、重い負荷も何もかも、消し去ってゆく。

すべては風と雪だ、と。

ひとつの足跡を見つけて、誰ともなくついていく。

だけれど、足跡は消える。雪のなかで。

風のなかで。


連休をいいことにぐずぐず寝ていたら、宅急便に起こされた。
Amazonで注文した記憶もなかったので、自分の注文品ではない。
何だろうと思ったら、知人からの贈り物だった。


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箱を開けると、部屋中にいい匂いがする。
大きな桃が、6個も入っている。
妻と顔を見合わせた。なんとなく、幸せな気分になる。
取り急ぎお礼のメールをして、ひとつ冷蔵庫に入れた。


色々なものが目につく海岸がある。

たとえば大きな牡蠣殻。
何年生きていたんだろうと、拾い上げてみる。
数え方はあるのだろうけれど、よく知らない。
たぶん長い時間を生きたんだろう。
そう思うことにして、もとあった場所に返す。

たいていの気にかかったものは、気にかけただけでやめておく。

一度、小型のサメが打ち上げられていた。
鎌倉の、長谷の近くだったと思う。
珍しいこともあるものだと、近寄ってしげしげと眺めた。

まだ腐敗は進んでいなかったけれど、鳥に啄まれていた。
はがれた皮から、中の肉がのぞく。
いつまで生きていたんだろう、とは思わなかった。
ただ、上空から物欲しげに鳴く鳶が気になった。

妙な言い方だけれど、魚屋にならぶ魚より、死を感じた。
同じ魚の死体のはずなのだ。
砂浜で打ち上げられ、ワカメの絡んだサメは、はっきり死だった。
死というのはこういうものだぞ、とすら言わなかった。

触ってみようかと思ったけれど、やめた。


ひとつだけ、陶片は集めて持って帰る。
気になったものがあると、とりあえず拾い上げてみる。
おもしろそうなものがあれば、家で比較整理する。
ビーチ沿いの水道か、ない場合はペットボトルのお茶などで砂をはらう。


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集めたうちの、ほんの一部。青磁、瀬戸、それに染付。

瀬戸と青磁はそれなりに古いようだ。

染付は、よくわからない。ただ、花紋のリズムがいい。


瀬戸の素朴さから、遠い過去の工人を思う。

コバルトの絵柄からは、誰かの手の動きを感じる。

青磁はおそらく分業でつくったものだろう。

誰かが作ったのだ。名も知らない、誰か。



砂となって砕けた貝殻や、サンゴの骨たち。

打ち上げられた過去の美意識の欠片。

波の音にまぎれて、いつもかすかに、過去が音を立てる。

ほんの小さな音を、聞いてみようとする。