シベリウスの交響曲を、このところよく聴いている。
第6番と第7番で、だいたい続けて聴いてしまう。
気に入っているのは6番だけれど、気になるのは7番だから。
第6番は、どうしてあまり人気がないんだろう、とすら思う。
ファンタジックと言えばいいんだろうか。
空を飛んでいるような高揚感がある。
たぶん、いい演奏で聴けば、誰でも好きになるんじゃないかな。
それに対して、第7番は何といえばいいのだろう。
一応、四つのパーツからできているが、切れ目はない。
どこに行くんだろう。
そう思いながら、シベリウスの足跡についていくしかない。
特に謎なのが、最後の3分間だ。
わずかな弦が、このまま消えていくのかな。
そう思ったら、H→Cの大きな音が鳴る。
聴くたびに、心がぽかんとする。
え、いま投げ出されたんだろうか。
いや、違う。巨人が向こうに歩み去ったんだろうか。
どちらにしても、放り出された感じがしてしまう。
この曲を最後に、シベリウスは交響曲を書くのを止める。
それどころか、まもなく筆を折るように、大曲を書かなくなる。
わざわざ伝記で調べなくとも、第7番を聞けばわかる。
どこかへ行ったんだ、と。劇的ではないけれど。
「神話」などという曲もあるが、シベリウスに劇は似合わない。
「フィンランディア」が代表曲だなんて、悪い冗談である。
シベリウスは、心を湧かせたりしないのだ。
ただ、重い負荷も何もかも、消し去ってゆく。
すべては風と雪だ、と。
ひとつの足跡を見つけて、誰ともなくついていく。
だけれど、足跡は消える。雪のなかで。
風のなかで。

