何かの協奏曲 -2ページ目

何かの協奏曲

Concerto for Something.

ひとりで寄れるバーを、探していた。
顔なじみのカフェがあっていいように、顔なじみのバーだってあっていい。

他の客がいても、そこはひとりの空間である。

隣のカウンター席に座った人と、一言二言、話す。
お近くにお住まいですか、とか。
昨日の花火はご覧になりました、とか。

一言二言の付き合い。
また会うかもしれないけれど、会わないかもしれない。

それでおしまい。
社会的無関心の空間。


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2杯ほど飲んだら、席を立つ。
時計は23時を回っているが、合っているのだろうか。

おやすみなさい、とバーテンが言う。
おやすみなさい、また、と返事する。
ぼうっとしようとして神社の森へ行ったら、本当にぼうっとしていた。
細かくぱらついていた雨も止んで、夕暮れ空が覗いている。
降るように、ヒグラシが鳴いている。
あれっと思うと、1時間ほど経っていた。

屋根のあるところで、木の揺れるのや、観光客を見ていた。
外国人の幼児が、片足だけ靴を履いてペタペタ歩いている。
歩いていると思ったら、ぺたんとこけて大泣きした。
片方の靴はいらないのかい、と思った。

片ズックはいずこ 黄金の髪して


夢を見ているわけではない。
夢のほうがよほど、リアルだったりする。
現実から切り離された空間のほうが、夢や明日よりマシだ。
少なくとも、気が休まってくれる。
誤解しないでほしいのだが、私は別に現実がイヤなわけではない。
ただ、それらより神社の杜がよい空間だと言っているに過ぎない。


最近、日本会議や神道政治連盟への批判が集まっているらしい。
正直に言って、あまり興味を持てない。
保守派の夢見る近代的伝統を押し付けられるのは勘弁だが、
それほど全国民に押し付けられるほどの政治力もあるまい。
社会主義国ですら、社会主義の理想を国家的に共有できていないのだ。

そうだとすると、単なる政治的ロビー集団に過ぎない。
ロビイング研究など、90年代に政治学は腐るほど研究してきた。
日本会議だろうが神道政治連盟だろうが、その一形態である。
ロビイングの自由はあるし、好きな政治的主張をすればいいのである。

まして、神道政治連盟だからと神社を毛嫌いするとなると馬鹿げている。
それこそ、政治と宗教を混同してやしないか、と思う。


夕暮れの色が濃くなり、外国人家族もいなくなった。
誰かを待っている様子で、華人系の女性が隣のベンチで所在なげだ。
相変わらず、ヒグラシは同じ音の鍵盤を叩いている。

夢ではない。現実でもない。
そういう空間に、私はいた。


夕涼み 社の杜に 人多し
幼いころ、父はよく仕事で台湾へ行っていた。
どういう仕事だったのかよく知らないが、バブル景気前後である。
おそらく仕事とは名ばかりで、業界団体の旅行でも行っていたのだろう。

ただ、台湾そのものは本当に好きだったようだ。
家族全員で行くこともあった。
市場に並ぶ毛むくじゃらの果物はまさに異国の気がしたし、
安くて皮の硬い果物は未知の味がした。
あとから考えれば、ランブータンとマンゴスチンだったのだろう。
ランブータンはともかく、マンゴスチンはその後、日本でも珍しくなくなった。

私は、故宮博物院が好きだった。どう考えても変な子供である。
ただ、当時からテーマパークには何の興味も持てなかったのだ。
そして、故宮博物院の文物は、子供にもわかる名品だった。

たとえば、何年か前に上野の博物館で展示された玉の白菜。
あるいは乾隆年製の五彩の器たち。
「乾隆」という言葉は、世界史の前に、細密な陶磁器の絵を連想させる。
もしかしたら、陶磁器への関心はここで得た経験が基礎かもしれない。


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以前、ある陶芸誌を読んでいたら、川瀬忍さんの記事があった。

青磁作家として高名な人だが、探求のなかで、何度も故宮に通ったとあった。

やわらかな、光を包むような青色の陶磁器。


ただ、子供の関心を惹くものではなかったのだろう。

「あった」のは覚えているが、細かいことはぼんやりとしている。

お気楽な観光客と違い、作家はどんな眼差しでそれらを見ていたのだろう。


写真の盃は、その川瀬さんの作品。

やさしい青色とかたちが、気に入っている。