変化球で原作に戻してみよう
私が演出をする上での最大の特徴は、
原作の要素を多く取り入れることだと思います。
このオペラの設定で、原作と最も違っていることの一つは、
バジリオの立ち位置でしょう。
2幕フィナーレの最後に登場するのが、
マルチェリーナ、バルトロ、バジリオの3人組ですが、
彼らはマルチェリーナがフィガロに貸した金の証文を持って現れ、
バルトロが弁護人、バジリオが証人という形で、
マルチェリーナの「返済あるいはフィガロとの結婚」
という訴訟のサポーターとして機能します。
しかし、原作ではバジリオは
マルチェリーナのサポーターではありません。
マルチェリーナに求婚する人間として登場します。
私はマルチェリーナを、
色気のある素敵な女性として演出していますが、
その根拠がここにあります。
バジリオが積極的にマルチェリーナに恋をし、
フィガロも借金を返せなければ結婚しても良いか、
と判断する程度には魅力的な女性なのです。
アラフォーという年齢も加味して考えれば、
相当「いい女」なはずです。
さて、バジリオをマルチェリーナに恋する男という設定に
どうやって戻すのか、ということですが、
使える材料がアリアにありました。
「昔は血気盛んな若者だったが、ある女に冷静さを教わった」
という一文があり、
「ある日、静かなあずまやでひと時を共に過ごしたことがあったが、
女はその壁からロバの皮を取り、自分にくれて立ち去った。
そのロバの皮で恥辱や危険、不名誉、死から身を守った」
という寓話を語るのがバジリオのアリアです。
状況から考えて、一度は肉体関係を持った女性、
その女性がロバの皮をかぶることを教えた、
つまり、人間性を歪めることで涙と苦悩の嵐をやり過ごし、
猛獣、即ち貴族の横暴から身を守ることを教えてくれた、
という仮説を立てることが可能であると思われました。
そこで私はこのような過去のストーリーを設定しました。
このオペラから10年前、
20歳くらいのバジリオは新進音楽家として売り出し真っ最中、
そこで出会ったのが、フィガロを盗まれ、バルトロとの関係も冷えて、
多くの男に抱かれては捨てられ、を繰り返して
「尻軽女」の異名をとっていた30歳前のマルチェリーナだった。
夢中になったバジリオは求婚し続けるが、それを相手にせず、
「かわいい坊や」呼ばわりをし、
こともあろうに先代アルマヴィーヴァ伯爵の愛人になる形で
バジリオを捨ててしまう。
無論バジリオは貴族である先代伯爵に勝てるはずもなく、
これによって身分の違いを痛感させられた。
しかし、頭のいい彼は、悲嘆にくれる代わりに、人間性をねじ曲げ、
男女関係を斜に構えて見下ろすことで「涙の嵐」を回避し、
誰とも親密な関係を築かないことで貴族や金持ちの信頼を得、
密偵あるいは破廉恥な情事の取り持ち役となった。
そのようにして、貴族の攻撃の矛先をかわしてきた。
次回は、どのような経緯でこのバジリオのアリアが
歌われることになるのか、書いてみたいと思います。
それが、少し違った視点から
このオペラを観る助けになると思われます。
一般的に、フィガロの結婚話
という視点でばかり語られがちなこのオペラを、
私の分身ともいうべきバジリオの視点から観てみることで、
今でも存在する社会的な問題が織り込まれたオペラであることが
ご納得いただけると確信しています。
