彼女たちのアボリジナル・アート    オーストラリア現代美術

アーティゾン美術館

2025年7月19日(土)



オーストラリアの先住民の実態はかなり複雑で、大別するとアボリジナルトレス海峡諸島民があり、約6万年前から住んでいると考えられています。


そのひとつ、アボリジナルのコミュニティは言語を元にした約250のグループに分かれ、さらに血縁関係による数百の氏族(クラン)があります。法、価値観、文化は一様ではありません。


アボリジナル・アートは世界的に画一化が進む現代アートにあって、独自性、社会性、そして何より、表現にとって最も大切な力強さが備わった作品となっています。


それはその歴史に由来する部分が大きい。


  • 民族固有の文化
  • 迫害を受けた歴史
  • 女性であること


この展覧会が単なる自己表現に止まらない側面があるのは、宿命でもあります。



  ノンギルンガ・マラウィリ


彼女の民族では絵を描くのは男性の役割でした。個人の表現ではなく、その社会において、伝統、権威、ひいては秩序を担う図像というべきものです。


男性の跡取りが減少した少数民族にあって女性がその役割を荷わさざるをえなくなったことが、マラウィリが絵を描くことになったきっかけです。


マラウィリは本来男性が描く図案とは別に、絵を描くという自己表現の機会を獲得しました。


NW1  ボルング


そこには伝統を守り受け継ぐという活動と、西洋によってもたらされた現代アートという表現活動という2つの方向があります。


NM2  ワンダウイの魚捕り網


シロアリに食われて中が空洞になった木にペインティングを施しています。近づいてみると、所々に穴が空いていて中が空とわかります。カンヴァス以外のものに描くのは普通なことで、それだけもう地域性、伝統が組み込まれている。アボリジナルのアーティストはそういう人たちです。



  ジュディ・ワトソン


オーストリアにおける先住民の迫害の歴史について、日本人が触れる機会はありません。


JW3  アボリジニナルの血の優位性


昔、アボリジニは参政権を持っていませんでした。ジュディ・ワトソンは当時の参政権を巡る書類をもとに銅版画を制作。血のような模様を被せて作品にしました。タイトルは書類に記述されていた言葉です。これだけなら、血筋を肯定的に捉えるようにも読めるところがアイロニーになっています。



JW1   赤潮


赤潮は文明がもたらした災厄か、自然の摂理がもたらす現象か。カンヴァスではなく布に描いています。先住民は衣服の布に模様を描く伝統があったので、布による作品が多いです。



JW4   記憶の深淵


3枚の布の右はワトソンの娘の横顔、左は地図が描かれています。地図にある白い直線は入植者が原住民の文化圏、生活圏など無視して勝手に引いた境界線です。中央の絵に縦に引かれた大地の割れ目のような線は植物をモチーフにしているようです。過去の統治の行いは、未来を生きる世代にいかほどの分断と傷を残しているのでしょうか。



  エミリー・カーマ・イングワリィ



この作品、床に置いて展示していました。大地に置いて絵を描くイングワリィのスタイルを表しているようです。もしかしたら上下のない作品かもしれません。



EK1  無題


イングワリィはろうけつ染めを描くことから絵を始めました。その後カンヴァスに描くというより簡便な方法を知ってからは、手間のかかるろうけつ染め作品は作っていないそうです。


作品は点や線で描かれます。衣服の紋様は点や線の集積で描くのが伝統で、点の打ち方にも様々な工夫があるそうです。単なる抽象画とは違う一貫性が感じられるのはそこに理由があると思います。



  イワニ・スケース


オーストラリアはイギリスによる核実験が行われ、今でも放射能汚染のため、立ち入り禁止区域となっている場所があります。イワニ・スケースは現代的な手法で、負の遺産を作品にしています。



YS4   えぐられた大地



これはウランガラスで制作した食用のバナナです。ウランガラスは微量の放射能を含み、ブラックライトを当てると緑色に輝きます。



並べられたバナナの中には傷のあるバナナが紛れています。




アボリジナルの中には現代的で洗練された表現をするアーティストも存在しています。



  ジュリー・ゴフ


19世紀には先住民に対してイギリスによる同化政策が行われました。


JG4  1840年以前に非アボリジニナルと生活していたタスマニア出身のアボリジニナルの子どもたち


先住民の子供を入植者と共に住まわせ、西洋式の教育を施していく。この悲劇的な歴史を西洋の椅子に束ねられた先住民の槍として表現しています。



JG1  マラハイド


先住民は炭鉱労働に従事していました。現地に残されている石を集めて作った巨大な首飾りです。資源産業を主力とするオーストリアの繁栄はこの首飾りなように名もなきアボリジナルたちの労働が結集してできたものです。



  マリィ・クラーク


MC1  ポッサムスキン・クローク


先住民が失ってしまった風習のひとつに、生まれた時にポッサムという動物の毛皮で作った衣服を、成長と共に新たな毛皮を繋ぎ合わせて、死ぬまで使うというものがありました。クラークは記録を元にアートとして復活する試みを展開。作品にしています。



MC3   私を見つけましたね:目に見えないものが見える時


現地で生息する葦の葉の細胞を顕微鏡で拡大した作品。現代的なアプローチです。




  マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリ


ガボリの民族には伝説や伝承を形に残す文化がなかったそうです。そこに西洋美術というものが入ってきました。


SG1  私のカントリー


彼女はアートを普及する活動に参加して初めて絵を描きました。これは最初の作品です。一見抽象画に見えるこの絵は、目に見える情景を描いたものです。美術教育を受けたことがないにも関わらず対象は抽象的な形で描かれています。



ニンニュルキ


この作品もある土地を描いたものですが、風景画ではありません。記録が前提にないガボリの心の中に民族、文化、風習、歴史はどのようなイメージで蓄積されているのでしょうか。もしかしたら、ナチュラルアブストラクトアーティスト、天才かもしれません。




このほかに映像作品も上映していました。


取り上げるテーマも多様で面白かったので、腰を落ち着けて見た方が良い展覧会です。




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