没後300年記念 英一蝶
―風流才子、浮き世を写す―
サントリー美術館
2024年11月3日(日)
英一蝶(はなぶさいっちょう 1652〜1724)。今年2024年は没後300年にあたります。京都に生まれ、若い頃に江戸に移り狩野安信に師事。確かな技術を修得し大衆向けの戯画を多く描いています。名前はよく知っていますし絵も見たことはあります。ただ代表作が思い浮かばない。
初めは多賀朝湖と名乗り人気絵師として活躍しました。1698年47才で八丈島に島流し。島でも絵は描き続け、この時期は島一蝶とも言われます。
1709年58歳の時に将軍交代の大赦により赦免、帰国します。実は英一蝶を名乗るのはこの後からです。以後は「今やかくの如き戯画を事とせず」と宣言して、正統な日本画を中心に描くようになります。
8 雑画帖
36点の絵がまとめられています。風景画、仏画、人物画、動物画、水墨画、彩色画、と多彩で何でもできる画家だとわかります。だから逆にキャラが立たず印象が際立つ作品に辿り着けなかったのかもしれません。
13 仁王門柱図
仁王門の柱に旅人が筆でなにかを書こうとしている絵。つま先を立て少しでも高いところにと、腕を伸ばしています。側で旅姿の子供が見ています。手に柄杓を持っているので抜け参りの参拝者とわかります。
京都のお寺に行くと昔の人が書いたと思われる落書きを見かけます。当時から落書きは御法度に決まっていますが、旅の記念に何か残したいと考えるのはいつの時代の人間も変わらぬ心理。庶民の日常を鋭い観察眼で切り取り、絵に描く。当時人気があったのもよくわかります。
22 小督局隠棲図
小督局(こごうのつぼね)は藤原茂範の娘。美貌で琴の名手であることから高倉天皇の寵姫となりました。しかし、平清盛が自分の娘を差し置いて入れ込むことに怒り隠棲することに。その頃の様子を描いたものです。
藁葺き屋根の粗末な小屋、周囲の草木は伸び放題。障子もなく開け放たれた部屋に敷かれた布団の上で寝転がって立てた肘に顎をのせ、何をするわけでもない。悲壮感は感じられません。どちらかというと気ままに時を過ごしているような。
35 布晒舞図
展覧会のメインビジュアルにもなっている小品。手に持つ長い晒しを軽やかに操り舞う祇女。左手には、三味線や鼓などの楽器を奏でる者たちが3人。軽妙で無駄の無い、センスの良さを感じます。
55 富士・育王山・金山寺図
三幅対の掛け軸です。中央の富士山は柔らかい筆致で、左右の育王山、金山寺は太い輪郭線でと明確な使い分けが効いています。まったく別の絵であるのにまとまりがある。技術の使い分けと構成力が巧みです。
61 阿弥陀来迎図
とても精緻に描かれた阿弥陀如来図。紺色の身体に金色の細い線で顔、身体、衣服を描き込んでいます。線中央に立つ阿弥陀如来の両脇に、楽器をもち音曲を奏でる菩薩たち。50人はいるのでは。かなり高い集中力を必要とする絵です。軽妙洒脱なものではなく高尚な主題に真正面から挑んだ良品。
64 舞楽図・唐獅子図屏風
メトロポリタン美術館から里帰りした六曲一双の金屏風。裏面には、戯れる唐獅子がこれもまた金地に墨で描かれています。(裏面は撮影不可)。
雅楽の奏者たちが極めて緻密に描かれています。それぞれ説明イラストのようにも見える丁寧さですが、離れて見ると全体でまとまりや動きがあり、ライブの盛り上がりも伝わってきます。
66 菊慈童図
昔、中国の皇帝に仕える慈童という少年が、不始末をおこし、山中に追放されてしまいます。しかし菊の花の露を飲み不老不死となったという伝説を描いた作品。仙人をネタした中国の古典的な画題の三幅対の日本画。
中央の永遠の命を持つ少年の人物。両脇はクローズアップで描いた繊細な菊。描き方と構図の使い分けと構成力がここでも効いています。
79 雨宿り図屏風
英一蝶は雨宿りをテーマにした作品を何点か残しています。他人同士が肩を寄せ合って雨をしのいでいる様子に面白みを感じたのでしょう。芸人、子供、花屋、旅人。空を見上げている者、眠っている者、話をしている者、臨場感が素晴らしい。写実性が高く、遠い距離から望遠レンズで切り抜いたような画角で見やすいのも特徴です。
82 四季風俗図(四民図)屏風
四民とは中国語で全ての民をさします。題名の通り、当時の日本人の暮らしぶりを描いた屏風です。右隻から左隻にかけて士農工商の順に、働く姿を描いています。武士は馬を操り弓をひく、農民は田植えをする、職人たちは舟をつくり、商人は商いをする。すやり霞はない繋がった景色なのは、違う階級の人々が分断されていないひとつの社会にいることを表していると読みとるのは、うがった見方でしょうか。木々の紅葉、花など四季のニュアンスも盛り込まれた作品です。
88 朝顔に日傘図
朝顔の花に小さな日傘がかけてあります。人はいません。その名の通り、朝元気な朝顔が少しでも長く花が咲くように、誰かが日傘をかけたのでしょう。
多分これは、英一蝶が実際に見た景色だったと思います。
英一蝶の活躍したのは元禄の世。産業が発展して町人文化が栄えた時代です。豊かさは平和をもたらします。一蝶の絵には暗い影が感じられないのは、本人の性格、才能に加えて当時の社会の雰囲気がそうさせるのではないでしょうか。
特別な作品がなかったとしても、魅力的な絵を描く素敵な画家だと思います。今回見て益々好きなりました。
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