舟越桂 森へ行く日
彫刻の森美術館 本館ギャラリー
2024年9月22日(月)
箱根シリーズの第三回は箱根 彫刻の森美術館です。
今年2024年3月、惜しくも逝去した彫刻家舟越桂の展覧会。 生前に開催は決まっていたものが中止にはならず、美術館や関係者、そしてご遺族のご尽力で実現しました。
舟越桂は人間を掘り続けた彫刻家です。上半身、胸像が作品の中心ですが、作品ごとにさまざまな印象を見る者に与えます。
共通しているのは表情。特に技巧的にも特徴のある目。いずれの彫刻も見る者とは目が合いません。どこか遠くを見つめている。動く気配もない。ただじっと何かを考え続けている、何かを感じている。
一体何を?
口を閉ざし決して言葉を発することのない、彫刻たちと向き合い、その内面を探っていきましょう。
4 砂と街と
これは現代の女性像。身体の線を完全に隠す厚い上着。黄色い厚手のマフラー。重量感があり鎧のようです。逆に首の細さから衣服の下の肉体は細みであることが想像できます。素肌を覆う鎧は外に対しては強固です。都会で戦っていくために、完全武装している現代人の姿です。頼もしさもありつつ、仰々しくもあり、もっと軽装で軽やかな姿で過ごせる街に身を置きたいものです。
19 水に映る月蝕
ダルマのような体型。カタチのよい乳房、お腹が子を孕んでいるかのように大きく膨らんでいる。背中に申し訳程度に手が取り付けられています。外を向き短く使えそうにない。形が何となく翼にもみえる。異形の姿なのに、どうしてか人間に見える。
私たち人間は腕が2本、脚が2本、頭は1つというのが常識ですが、実はそれは被りもので、皮を剥がせば中にはこのような姿が隠れているのではないか。男のようなフリをして実は女性的であったり、足はあっても椅子に座り歩きもせず、腕もパソコンやスマホを使う程度にしか使っていない。
不思議な美しさのある異形の彫刻です。
20 遠い手のスフィンクス
舟越桂のスフィンクスは人間の体型をしています。四つ足ではありません。顔の両側に耳のようなものが垂れ下がっているのが特徴です。そしてこのスフィンクスには左手がありません。後付けの手が取り付けられています。本当の自分の手はどこにあるのでしょう。置き忘れてきたのか、失ったのか。動じる風もなく、その目は静かに遠くを見つめています。この程度のことは取るに足らないことなのでしょう。
21 戦争を見るスフィンクスⅡ
このスフィンクスに強い表情があります。苦悶とも怒りとも見える表情です。タイトルが端的ですから、テーマは明確です。世界の何処かで行われている戦争に対して、人類に問いかけています。
何故?
と。
スフィンクスの謎かけに答えられなければ、命を奪われるという伝説。答えられないから、今、この瞬間も多くの人間の命が失われています。ただ命を奪う者はスフィンクスではなく、私たち人間同士です。この問いかけに、私たちは答えられるのでしょうか。
22 夜の森の塔
この作品は謎でした。無題であれば、まだよかったのですが。題名の意味するところがわからない。塔とはどんな塔だろう。洋風か和風か。小説か何かのタイトルではなさそう。薄い緑の衣をまとい、髪は紫色の女性像。
23 海にとどく手
手がない。白い布を頭巾のように顔に巻きつけ、胴体にも巻いている。聖なる雰囲気をまとい、達磨のような丸い体には枝が四本、足のように申し訳程度についている。
東日本大震災から着想を得ている作品です。海というと多くの命を奪った海、多くの人が眠る海を連想します。手がないなら、海の底にいる人々の亡骸には届かないけれども、想うことはできます。手のない像だから既に手は届いている。失われた魂に安らぎを与える祈りの像です。
24 青の書
おでこに青いアクリルの板(書物?)のようなものが張り付いている。この板をテクノロジーと見立てれば、スマホで繋がる現代の人間像にも見えます。
青の書以外の色の板をつけた彫刻もあるシリーズ作品とするなら、何か理念の擬人化とも考えられます。青、白、赤なら「自由、博愛、平等」という具合に。東洋思想なら5色にして「仁・義・礼・智・信」シリーズ。舟越家はキリスト教の家系ですから西洋思想の方が合っているかもしれません。
25 樹の水の音
青く塗られた身体、青い模様が海の波のよう。下の方へいくにつれて濃い青になっている。十分な水を得て豊かな生命力に満ちた自然の樹木を人間のかたちにしたものではないかと思う。植物が何を考えているか人間には計り知れない。近年では一種の心のようなものがあり、木々同志がコミュニケーションしているという説もある。人間の寿命を超える木々たちが見つめている悠久の時間は舟越の彫刻の人物の遠い目が見る世界と近しいものがある。
26 青い体を船がゆく
海の擬人化として男性の肉体。全身に青く海が描かれていて、小さな一艘の船が胸のあたりを進んでいく。私は擬人化するなら母なる海、つまり女性像が合っている気もしますが、女性像ですと乳房があるので、平らな海面を表現するには具合が悪く、父なる海にしたと思います。
彫刻の表情は穏やかで海路は順調なようです。このまま安全な航海を祈ります。
舟越桂の彫刻はよそよそしいのに、とっつきやすい魅力があります。静かな雰囲気でことさらに主張しているわけではないのに、何を考えているのか覗いてみたくなる。
特に忙しい現代人には、時を止めてじっくりと過ごすいいキッカケになる彫刻です。箱根は少し遠いですが、足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
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