イギリス国王チャールズ3世の戴冠後初の公式肖像画がロンドンのバッキンガム宮殿で2024年5月14日に披露されました。
ご覧になっていない方は、まずこちらを。
なかなか攻めた作品です。
描いたのはイギリス人肖像画家ジョナサン・ヨー。
3年の歳月をかけて描いたそうです。本人によると描く時のポイントは2点。
蝶
国王の右肩に舞う蝶は絶滅危惧種の「モナーク・バタフライ(オオカバマダラ)」。皇太子時代から環境活動に取り組んでいる国王自ら入れるよう提案したそうです。
赤
国王がウェルシュカーズ(ウェールズ近衛連隊)大佐として着用していた礼服の真っ赤な赤にヨーは鮮烈な印象を受けたそうで(本当に真っ赤です。)赤を全面的に使っています。
さて、肖像画とは特定の個人を描くものです。本人とわかることは大前提。
その上で、大切なことは
- 良く描くか
- 悪く描くか
そして、何はともあれ本人が喜ぶのが一番です。
どんな人間も長所短所があります。長所を盛って描いて欲しいというのが人情でしょう。
ところが美術史に名を残す肖像画の名画が、ご本人の長所を描いていないことは多々あります。
「夜警」レンブラント・ファン・レイン
レンブラントの代表作にしてオランダ絵画の至宝。明暗のコントラストが強烈で演劇の舞台のようなドラマチックな群像絵画、ではなく実は集団肖像画です。中央の隊長ばかり目立ち、脇に追いやられた隊員たちは前にいる人々の後ろに隠れ短所どころか部分的にしか登場していない。当然隊員たちからは不満の声が上がったそうです。
東洲斎写楽
世界にその名を轟かす浮世絵師、東洲斎写楽の大首絵。「市川鰕蔵の竹村定之進」「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」「嵐龍蔵の金貸石部金吉」など短期間に多く作品が出版され、江戸中にセンセーションを巻き起こしたました。ところが人物の悪い外見の特長を極端にデフォルメしたため、役者本人や芝居好きの評判は芳しくなく、実際一年立たずに姿を消してしまいます。
「泣く女」パブロ・ピカソ
天才芸術家パブロ・ピカソが愛人のドラ・マールを描いた肖像画です。ゲルニカにも登場するこの女性像は、100点以上のバリエーションがあると言われています。顔がクシャクシャに描かれていて、ここまでするのはあんまりな気がします。もっともモデルのドラ・マールは芸術家でしたからこの絵を嫌ってはいなかったかもしれません。
さて、チャールズ国王の肖像画に戻りましょう。実は顔はキチンと描いています。
ジョナサン・ヨーの過去の作品を見ると、顔はしっかり描いて、顔以外の身体の部分は背景に溶け込ませるようにしています。背景の色彩は地味めなものが多く、記念写真のような伝統的な肖像画ではないものの、尊厳の感じられる絵画です。
チャールズ国王の肖像画もこのスタイルを踏襲しており、例外ではありません。
やはり問題はこの全面の赤。実物を見ていないので、微妙な色合いはつかめませんが、血、炎とみることもできます。血に染められた王室、炎に覆われた国王、そんな連想を止めるのは無理でしょう。
ミッシェル・ヨーもそれはわかっていたはずですが描くことをやめなかった。芸術家の性ですね。
この絵を見た瞬間チャールズ国王はギョッとした表情をしたという報道もありました。写真や映像を見ると気に入らないようにも見えますが、ポーカーフェイスで本心はわかりません。気に入らないから受け取らないなんて大人気ない対応はしないでしょう。炎上上等の英王室ですし。
イギリスといえば、肖像画の伝統がある国です。そもそも国王の肖像画は立派に描くのが基本、画家の美意識なんて二の次と言うのが発注者の本音でしょう。 しかし画家から見ればちゃんとした肖像画を描くほどつまらんものはない。
一方で、画家にとって国王が最大のパトロンだったヨーロッパでは立派な国王の肖像画を描いて、生きている時から名実共に最高の画家として美術史に名を残した人が多いのも事実ですから、うまいやり方もあったのではとも思います。
結局、後世になってこの作品の評価を決めるのは、国王自身のこれからの行いでしょう。これからの在位中この絵を悪い意味で想起させるような活動をすれば、そういう絵として完成されていくでしょうし、いい意味でこの赤を想起させるような行いで歴史に名を残せば、偉大な国王を描ききった名画として美術史に刻まれるかもしれません。
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