遠距離現在 Universal / Remote
国立新美術館
2024年3月23日(土)
遠距離と言えば「恋愛」ですが、
「恋愛」ではなくて「現在」ということで、
現代美術の展覧会です。
コロナ禍により外出の自由を奪われた世界で人は自ずと他人との距離を感じざるをえなくなりました。しかし、文明の進歩のおかげで距離を埋めるテクノロジーが瞬く間に普及し、遠距離であろうと生活が営めるようになって人同士の関係はそれまでとは異なるものに変わっています。
その変化を暗示するような現代アートの作品を集めています。コロナ前に話題となった作品も含まれており、見る側の目線が変わったことで作品が違って見えたならキュレーターの狙いも成功と言えるでしょう。
井田大介
映像作品が3点展示されていました。
1. 誰が為に鐘は鳴る
円形に配置したガスバーナーの上を紙飛行機が飛ぶ
。それだけの映像なのに見入ってしまう。
紙飛行機はバーナーの熱で温められた空気を受けてフワフワと浮き上がってうまい具合に円い軌道を描き永遠に飛び続ける。
紙飛行機に火が燃え移るのでは、軌道を外れてどこかへ落ちてしまうのでは。
映像を繋げただけのものだが、何か起こるのではという期待と不安がさざなみのように心を乱し続ける作品。
2. イカロス
ドローンカメラを使ったワンショットの映像。気球を空に上げるだけの動画です。しかし、バーナーの炎が必要以上に強めに設定してあり、上昇してゆく気球にだんだんと火が燃え移ってしまう。
炎が気球全体に燃え移り始めたところでカメラのフレームからは外れて飛んで行ってしまいます。
タイトルから考えれば、天に挑む不遜な行為が仇となり身を滅ぼしたという解釈もできますが、そこは現代ですから、自由な想像もありでしょう。
3. Fever
これも炎を使う作品でした。銅像をガスバーナーで熱し続けるだけの映像。熱し方が徹底しており、黒い塊が熱で真っ赤になり、崩れかけたところで映像は終了。
ここまでやるかという驚きと、対して意図が不明なところのギャップが居心地が悪い作品です。
トレヴァー・パグレン
5. 米国家安全保障局(NSA)が盗聴している光ファイバーケーブルの上陸拠点、
米カリフォルニア州ポイントアリーナ
米国家安全保障局(NSA)が盗聴している光ファイバーケーブルの上陸地点を撮影した作品。
11. 日米間ケーブルシステム、米国家安全保障局(NSA)と英政府通信本部(GCHQ)が
盗聴している海底ケーブル、太平洋
世界にはわかっているようでわかっていないことがあります。複雑高度化した文明社会では当然のことです。
この作品はエドワード・スノーデンが、アメリカが世界のインターネット、電話回線を盗聴していることをリークして騒動となっていた頃に発表された作品です。
普段私たちは海底ケーブル、電話回線のことなど気にもとめていませんが、こうして実物の写真を突きつけられると、急に身近な問題として心の中に意識されるように変化するのがわかります。
23. トルネード(コーバス:地獄の領域)、敵対的に進化した幻覚
ディープラーニングのシステムを活用した作品です。最近は生成AIが人の仕事を奪うとかで、身近な話題ですが、この作品が制作されたのは少し前。
ディープラーニングは膨大な学習の量を高速にこなすことでAIが習熟する仕組みです。この時学習する素材を生成する側、それを識別する側を用意することで高速なやりとりが可能になります。これは素材を生成する側が作ったものです。
トルネードのような風景画に見えますが、機械がそれっぽいものを組み合わせただけの画像です。作者の意図は存在しません。
何かを感じるならそれはあなたの創造です。
ティナ・エングホフ
心当たりあるご親族へ
福祉国家デンマークの現実を切り取った作品。写真の特性とは現実を切り取ることに優れていることです。
ここでは、独居老人の亡くなった部屋の写真を作品としています。
社会福祉が充実しているデンマークでは、単身で生活する高齢者も多く、誰に看取られることもなく亡くなる方がいます。身寄りの方が何処にいるかわからない時は新聞にて告知しています。その見出しが
「心当たりあるご親族へ」です。
デンマークはデザインの優れた国という評判に違わず、いずれの独居老人の住居の室内もカラフルで洗練されたデザインをしています。
この素敵な部屋は充実した社会福祉を実現した結果として孤独な死を迎える高齢者がいるという現実を象徴的に表現しています。
ジョルジ・ガゴ・ガゴシツェ/ヒト・シュタイエル/ミロス・トラキロヴィチ
25. ミッション完了
元々はバレンシアガを巡る討論というイベントがあり、それをインスタレーションにした作品です。
討論も興味深い内容なのですが、この作品の良さは作り込みのカッコ良さに尽きます。
ファッションブランドを意識するとこうも変わるものですかね。内容がわからなくともカッコいい感じ。時代の先端を見ているような気になります。
木浦奈津子
さまざまな表現手法が次々と現れる現代アートにおいて、ペインティングで何を表現するのか。もうやり尽くされてしまったものなのか。
木浦奈津子の作品はカメラで撮影した画像を絵にしています。
どこかで見たような、知り合いがいそうな、そんな雰囲気があります。
エヴァン・ロス
55. あなたが生まれてから
作者のパソコンに記憶されているキャッシュの画像を出力した作品です。期間は子供が生まれた時から作品を制作する時まで。作者の仕事、生活、趣味をある程度反映した画像の集まりであり、子供の人生と同じ期間の世界の歴史の一部の切り取りともいます。
作者の子供にとっては、認識の外に存在する世界の広さ深さを感じさせるものとなり、特別な印象、感慨を与えるでしょう。
これ、真似をして同じものを自分の子供にも作れるアートです。コンセプトを借りて、子供へのプレゼントアートを作ってみてはいかがでしょうか。
チャ・ジェミン
54. 迷宮とクロマキー
韓国のアーティストの作品です。世界の中でインターネットの普及が先行していた韓国ですが、そこにはインターネットのケーブルを引くというアナログな工事が欠かせません。
住宅が密集した街中でインターネットのケーブル工事を行う作業員を撮影した作品です。
実際に電柱に上りケーブルをつなぐ姿、迷宮のように密集した住宅街の細い道を歩いてケーブルを引き続ける姿、ケーブルをつなぐ手捌きだけをアップでとらえた映像(なぜか背景グリーンバックで合成していないクロマキー)。
前述のトレヴァー・パグレンの作品もそうですが、コロナ以降に当たり前となったリモート環境を支える巨大なインフラは、近くて遠い存在です。コロナ以前からこういうものに違和感を感じ作品とするアーティストの感性、視点には、鋭いものがあると思います。
社会に向けてメッセージを放つという、アートの重要な役割を思い出させてくれました。
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