うえののそこから「はじまり、はじまり」

荒木珠奈展

東京都美術館 ギャラリーA・B・C

2023年8月10日(木)



荒木珠奈はメキシコでの留学経験があり、かの地にまつわる作品が多いアーティスト。表現方法は多種多様。その土地の文化、歴史、風習にヒントを得たものが多く、そして人の温もり、暖かさ、懐かしさを感じさせます。

 

32   Caos poetico (詩的な混沌)


 

貧富の差の激しいメキシコでは、貧民は電線から勝手に盗電するのが当たり前。貧民街では夜になると自作のランプシェードを付けた色とりどりの照明が灯ります。みすぼらしいはずのその風景の美しさと、生きる人々の逞しさにインスパイアされた作品です。見るだけではなく、まだ取り付けていない電灯を来場者が取り付けることができます。自分が灯した明かりがここに来る別の誰かを迎えます。こうして誰かが誰かに光を届けているのです。


33 うち

 

 

これも観客参加型の作品。まず、たくさんの扉のある木箱を用意します。箱の外側は白く塗り、内側は蜜蝋を塗り電球を取り付けます。箱の中に作者の描いた絵を一枚入れて扉を閉めて鍵をかけ、壁一面に箱を取り付けます。箱の中の電球は灯っていますが中を見ることはできません。

箱の鍵は招待者に郵送し、来場の際に鍵の当てはまる箱を開けてもらうと、中の絵画作品も見ることができるという趣向です。会期が進むに連れて、扉が開き中が見えるようになります。離れて見ると箱が部屋か家の一つ一つ、集まれば団地や街の夜の団欒の明かりのようです。

「うち」とは閉じているから「うち」なわけで、開いているならうちではありません。うちを見せるために、閉じて展示する。開いた「うち」は電球と蜜蝋の暖かい色が見る人の心を和ませます。


34 見えない


2011年の東日本大震災を題材にしたアート作品は多くあります。荒木珠奈はそれまで空を覆うような作品をよく制作していたそうですが、大災害でその空が暗闇に覆われてしまった。そのような心象風景を具現化したインスタレーションです。展示室を覆い尽くす黒い毛玉の集まりは抽象的でありながら、未来に明るい兆しを見ることのできないあの時を経験した人間には生々しく、リアリティを感じさせます。



47 本の中劇場 


本を用いたオブジェ。本は閉じているものを開くもの。開いたことで新しい世界が劇場のように始まります。演劇の舞台を想起させる幕や飾りなどのモチーフを配し、物語が始まるわくわく感を形にしています。


 

84 100Wの光 何故だか懐かしく 心惹かれるのは 遠くで 揺れているのを 眺めているからだろうか

詩・小松未季

 

暗闇に灯る電球の明かりには、暖かさがあり心惹かれます。この素朴な感情はどうして湧き上がるのでしょう。小松未希の詩をタイトルにして問いかけながら、答えは絵の中に込めた作品です。

 


88 遠野物語


静止画ではわかりませんが、内側には電球が入っており、ゆっくりと点滅する仕掛けです。明るくなると動物たちの姿が浮かび上がってきます。台座には引き出しがついていて「遠野物語」の文庫本が入れてあります。物語の世界観を表現したアート作品です。

 


103 Refuge


トランプ大統領がアメリカとメキシコの国境封鎖したことをキッカケに生まれた作品です。当時、アメリカに入国しようとするメキシコ人たちは国境の壁沿いにテントをたて、封鎖が解除されるのを待ちました。しかし、人々の行き来は閉ざされても、蝶は自由に壁を超えて行き来している。この不条理めいた状況を、蝶の形をしたテントを前に人が佇んでいる絵にしました。


これは立体作品にもなっています。


この作品は国内外の子供たちを招いて、ワークショップ形式で制作した作品です。羽となっている分厚い紙は手漉きで制作しています。子供なら実際にこの中で一時避難できるサイズです。今日の日本で子供たちにこのテントは必要なのでしょうか。



118    記憶のそこ


今回の展覧会のために制作した作品です。東京都美術館の地下3階のフロアの中央に巨大な鳥の籠のようなものを建て周囲に映像を配しています。



籠の内と外から、江戸時代から現代にまでの上野の歴史、文化にまつわる映像の断片が垣間見えます。上野の中心、底から、上野の物語を形にしたインスタレーションです。



籠の一方がひしゃげていて人が通るのに十分ないか広さがあります。何かが上野の底から飛び出して行った跡でしょうか。



上野が今も人を集める力があるのはここを飛び出した何かのせいかもしれません。

 



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