東福寺

東京国立博物館 平成館

2023年3月25日(土)


 

見応えありました。

 

京都の東福寺といえば紅葉の名所。何回か訪れていて大きな山門や仁王像を覚えていますが、所蔵品どころかいつ誰の創建かすら知りませんでした。

 

ということで基本情報から。

 

摂政九条道家が1236年から1255年まで19年かけて造営しました。東大寺と興福寺から、東と福の字をとり東福寺と名づけています。

開山は円爾。宋に渡り杭州径山の無準師範の法を嗣いでいます。
京都五山に列せられていましたが、度重なる火災で大部分を焼失。再建後、時の権力者の庇護も受けながら今日に至ります。

 

とても歴史ある大禅宗寺院ということです。

中国、宋の時代の文物、日本では鎌倉、室町、の書物、絵画などを中心に貴重な品々を有しています。

 

 

102  円爾像  吉山明兆筆

吉山明兆(きつさんみんちょう)によるとても大きな円爾の肖像画。椅子の上で足をくみ、皮膚がたれていて気難しそうな顔。威厳があります。右目が細めなのは、病を患い失明したからだそうです。椅子の上にかけられた布の青緑の模様がキレイです。大画面に負けない存在感があり、画僧の力量の高さを感じます。

 

12 無準師範像

円爾の師匠である無準師範(ぶじゅんしばん)は中国・宗の臨済宗の僧です。服の水色がとてもキレイ。髭はあるものの爽やかな雰囲気で笑顔が似合いそう。偉そうな感じではありません。円爾との絆はとても強く、寺が火災で消失した際に円爾から支援の物資を送られています。

 

50 僧形座像

手の平を合わせた僧の坐像です。貫禄のある顔立ち、左目の横のホクロといい特定の人物をモデルにしているようにも見えます。一説には円爾とも言われますが、袈裟を左の肘にかけていないため出家していない別の人物ではないかとの説もあります。

 

65 蔵山順空坐像

ふっくらした顔立ち。目と鼻が中央によっているのが特徴的。手に払子をもち椅子の上に座り法衣は下に垂れている。

 

66 癡兀大慧像

癡兀大慧(ちこつ だいえ)と読みます。顔も身体も丸く大柄な姿。怖そうな顔をしていますが情熱家にも見えます。

 

67  遺偈 癡兀大慧

遺偈(ゆいげ)とは遺誡の偈頌(仏教に関する詩)。僧が臨終の直前に最後の言葉を書で書き記したもの。字が激しく乱れているのは失明しており弟子に支えられながら書いたからだという。「衆生を導く方便を超えて、自力で悟った真理があるがままの法である。万物のために現世につくした八十四年であった。」その時の臨場感が伝わってきます。

 

77 虎 一大字  虎関師錬筆

虎関師錬(こかんしれん)は詩文や書法にも優れた聖一派の学僧。漢字の虎が絵文字のように虎の形に書かれています。虎にまつわる公案にも見えます。

禅問答の際に掲げて「そもさん!」「説破!」「虎とは如何?」という使い方をしたかも。

 

 

101 達磨・蝦蟇鉄拐図  吉山明兆筆

三幅の絵画。中央の釈迦は禅を組み正面を見ている。左は蝦蟇(がま)仙人が蝦蟇から何か妖術を、右は鉄拐(てっかい)仙人が自分の姿を口から吐き出している。この組み合わせは中国に同様の作例があるそうで、それに基づいたものと考えられている。

 先に挙げた円爾像もそうだが、この大きい画面に色々描きこんで埋めていくようなことをせず、人物を堂々と描くところに、吉山明兆という画僧のそこ知れぬ胆力を感じる。

 

94 五百羅漢図  吉山明兆筆

こんなのあり?という漫画のような日本画でした。解説もマンガテイストになっていました。五百羅漢があちこち巡っていい事やりたい放題という内容です。全部で五十幅ありますが、期間ごとに分けて展示をしています。

 

155 騎獅文殊図  龍崗真圭讃・霊彩筆

獅子の背に乗る弁天?、題名は文殊でしたので、文殊ということですが、長い黒髪があります。小さい日本画ですが流れる黒髪は繊細に描きこまれ、靡く獅子の毛が一本一本流麗な細かいたくさんの線で描かれていて見事です。

 

 

さて、撮影コーナーとして通天橋とそこから見える紅葉が再現されていました。

 

 

シーズンに東福寺に行くと橋が行列で埋まってしまうので、人混み無しで観れて良かった、と言いたいところですが正直ビミョーでした。


 

本物が良いに決まっていますね。

 

最後のコーナーは仏像の展示でした。


200  仏手

 

これは焼け落ちた仏像の手。東大寺の東の一字を冠するのに相応しい大きな大仏があったのですが、焼け落ちてしまい手だけが残りました。

 

198 釈迦如来坐像(光背化仏)

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こちらは焼け落ちた大仏の光背に据え付けられた坐像です。とても綺麗で修復したものかもしれません。

 

メインの仏像は全部撮影NGでした。


ご本尊は来ておらず実物大写真パネルで、脇を固める阿難・迦葉立像が来ていました。普賢菩薩、文殊菩薩あたりでないところが、禅宗寺院らしいです。見慣れない作風ですが、大きく立派でした。


仏像は色々な作風のものがありました。歴史が長いからこうなのか、焼失して集め直しているうちにバラエティが増えたのかもしれません。


やはり京都のお寺は層が厚いと感じた展覧会でした。



 

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