フィン・ユールとデンマークの椅子展
東京都美術館
2022年10月1日(土)
10月1日は「都民の日」。
東京都の施設は一部入館料無料となります。平日だと社会人はなかなか利用できませんが、今年は土曜日ですので使ってみました。東京都美術館の企画展です。
開館は9時30分、9時20分頃に着くとすでに来館者が並んでいて、整理券を配布していました。私が受け取ったのは「10:00〜10:15」の入場の整理券。30分ほどあるのでスマホでブログでも打ちながら待ちますか。
さて、デンマークといえば北欧デザインの国のひとつ。これはその中で椅子に注目した展覧会です。漠然と知っているだけなので、この機会に勉強します。
第1章 デンマークの椅子
デザインという概念は20世紀に確立したものですから、デンマークの椅子の話も遠い昔のことではありません。
北欧に近代のデザインが紹介されたのは、1930年のストックホルム博覧会。これに先立つ1924年デンマーク王立芸術アカデミーに家具科が設立されました。ここで学んだ若者たちがストックホルム展覧会でデザインに触れ、その後の黄金期を担います。
デンマーク王立芸術アカデミーの初代責任者はコーア・クリント。デンマークのデザインの父とも言われています。過去の優れた椅子のデザインを徹底的に研究、装飾を廃し生産しやすい新しい椅子を制作しました。その手法を「リデザイン」と呼んでいます。
例えば18世紀中頃にイギリスで流行ったチッペンデールチェアをリデザインしたのが、レッドチェアです。二つ並べて展示している椅子を見ると同じ形をしています。この他にフォーボー美術館のために制作したフォーボーチェア、これは古代ギリシャのレリーフに刻まれているクリスモスという反った脚の椅子のデザインを後脚に取り入れています。
同じ頃に木工家具職人(マイスター)が組織する家具職人組合によって、1927年から展示会が開催されるようになり、さらに1933年コンペティション制度が導入されて、優れたデザインの椅子が注目を集めるようになります。コペンハーゲン中央駅近く常設展示場デン・パルマネンテでは、優れたデザインの家具が展示され最先端の家具の情報発信を担いました。
この時代、発展する都市部の住宅需要と共に拡大する家具の需要に応えるため、国内の木材を活用し低価格、実用的でありながら、モダンな家具の開発が進みます。物不足ではりものの家具や高級材料のマホガニーが使えない中、様々な工夫で新しい椅子が生まれます。その中心となったのがFDB(生活協同組合連合会)です。元々生活必需品の商売していましたが、家具にも参入。1942年にFDBモブラーを設立し、ボーエ・モーエンセンが代表となり数々の名作を世に送り出します。
こうして、1940年代〜60年代にデンマークのモダン家具は黄金期を向かえます。それで椅子を見てみましょう。
アルネ・ヤコブセン スワンチェア
ヴェルナー・バントン バントンチェア
ハンス J.ウェグナー ベアチェア
ヘルゲ・ヴェスターゴードン・イェンセン ラケットチェア
アルネ・ヤコブセン ドロップ
デンデ・デッツェル 二人掛けベンチ
第2章 フィン・ユールの世界
フィン・ユールはデンマークでは異端視されていたデザイナーです。元々デンマーク王立芸術アカデミーの家具科ではなく建築科で学んでおり、生涯の仕事の半分以上は椅子などの家具ではなく、内装や店舗デザインです。彼もストックホルム博覧会で
ヨーロッパの機能主義建築の影響を受けています。そのデザインの特徴はなめらかな曲面で、代表作であるイージー・チェア No.45 を見るとその特徴がよくわかります。
2-22 イージー・チェア No.45
肘掛けの部分が三次曲面になっています。複雑で大量生産に不向きな形状です。建築科出身で椅子を作る技術を持たないフィン・ユールのデザインの実現には当時一緒に仕事をしていた家具職人ニールス・ヴォッダーの協力が大きかったそうです。そのほかに、この椅子のデザインの特徴は座面が浮いて見えるところです。真横から見るとしっかり支えられているのですが、このアングルからは確かに浮いて見えて面白いですね。
ボーン・チェア
これも肘掛けが背もたれと一体化されたウネウネした曲面です。骨っぽい形状です。
2-30 チーフテンチェア
これは展覧会に出品された時、来場したデンマーク王が座ったことで有名な椅子です。肘掛けや背もたれの形状にゆとりがあり、贅沢な印象を与えます。王の目にも叶うデザインであることもうなづけます。
フィン・ユールは自分の住居も自らデザインしています。本当にオシャレな家で、微に入り細に入り作り込んでいてそのコンセプトは「全体と部分の調和」です。やはり根は建築の人と言えるでしょう。見た目だけでなく実際に住んで使い試している訳ですから、購入した方々の評判も良かったと思います。
デンマーク国内では、主流ではなかったフィン・ユールはアメリカに進出し、大成功を収めます。そして逆輸入で国内でも評価されるようになります。アメリカでの作品は、すべて撮影禁止なので残念ですがお見せできません。ただフィン・ユールらしさはデンマーク時代の作品の方がよく出ていると思います。デザイナーですのでメーカーの要望に応じて、生産に向いた二次曲面の肘掛けの椅子をデザインしたり、日本の建築などを研究して直線的な構成の椅子をデザインしたり、デザインの幅は広がっていきます。
巨匠になったことで大きな仕事も手がけ、国連の会議場のデザインも行っています。
第3章 デンマーク・デザインを体験する
ここまで椅子の見た目について記してきました。しかし椅子は見るものではなく、座るものです。
椅子は誰かが座って初めて完成する
デンマークのデザイナー、ハンスJ、ウェグナーの言葉です。
この展覧会の最後の展示エリアでは、デンマークの椅子の体験エリアで座ることができます。会場では来場者が空いている椅子を見つけては座るという椅子取りゲームのような状況になっていましまた。
座り比べると、椅子によって受ける感覚は全く違うことがわかります。
包まれる感じ
背筋がシャンとなる感じ
室内に入ったような感じ
贅沢な感じ
ふわふわな感じ
ダメ人間になる感じ
:
肘掛けも大切で、
肘をのせるのか
肘をつかむのか
肘を下ろすのか
これで気持ちが随分と変わります。
最後に実際に座ってみて、印象に残った椅子を3点。
フィン・ユール ジャパンチェア
フィン・ユールが日本の建築に影響を受けたといわれるデザイン。背筋がシャンと伸びて、正座しているような感じです。水平線、垂直線をデザイン的に取りいれただけでなく、日本人の身体感覚まで理解して作ったのでしょうか。だとすると、凄いです。
見た目の想像を上回り意外に座り心地が良かった。座面の高さが低く、背もたれがしなってリクライニングするので座るというより仰向けに横になる感じ。ダラーっとして眠りたくなります。
庶民の椅子と呼ばれて普及した製品です。はりものを使わずに紐を編んで座面は悪くない座り心地です。背もたれが大きく、座面が広くフカフカで、分厚い膝掛けをもつ現代彫刻のようなフォルムの椅子は確かに座り心地も極上ですが、部屋が広くなければ置けません。この椅子のようにシンプルで軽く、狭い部屋でも取り回ししやすい椅子も真面目にデザインされているところに、デザイン黄金時代の層の厚さを感じました。
椅子の奥の深さを、まざまざと感じた展覧会でした。
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