映画:「ゴヤの名画と優しい泥棒」
監督:ロジャー・ミッシェル
映画館:TOHOシネマズ新宿
今から60年前、1961年ロンドン・ナショナル・ギャラリーで起きたゴヤの名画の盗難事件を元に制作した映画です。
ゴヤの名画とは肖像画です。
「ウェリントン公爵」
フランシスコ・デ・ゴヤ
Portrait of The Duke of Wellington
Francisco De Goya
1812ー1814
2020年「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」で日本に来ていました。観ているはずですが、全然覚えていません。コラムにも書いていません。
2020年6月20日
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」国立西洋美術館 | アートコラム Conceptual Cafe (ameblo.jp)
劇中の主人公の言葉の通り、
私の感想も「大した絵画じゃないな。」
でした。
ウェリントン公爵(初代)はイギリスでは国名的英雄です。あのナポレオンをワーテルローの戦いで破った軍人と聞くと「へえー!」となります。ナショナル・ヒーローだから外国人は知らないですよ、とか言い訳すると教養が無いのがバレますね。
主人公と同様、教養のない労働者階級の一人としてこれからも独学でアートに親しんで参ります。
<ここからはネタバレ全開です。>
アートというより、人間ドラマでした。主人公はケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)。
年金暮らしの老人で、ハッキリ言えば変人です。BBCの受信料が高いという信念から支払いを拒否し、取り立てが来ればテレビの部品を外しBBCは受信できないと払わず、結果、刑務所にまで入ってしまう。日常にある貧富の格差、外国人への差別待遇などの問題に口を挟まずにいられないプチ活動家でした。
バントンは妻(ヘレン・ミレン) と子供と暮らしています。もともと男2人、女1人の3人の子供がいましたが、兄は家を出て暮らし、娘は自転車事故で失ってます。娘の事故死は夫婦の関係のしこりになっています。
その彼が当時、海外に流出しそうだった国民的英雄の名画「ウェリントン公爵」(映画の原題「The DUKE」は盗まれた名画のこと)を英国政府が14万ポンドで買い戻したというニュースを知り、BBCの受信料支払いに苦しむ高齢者のために犯行に及ぶというものです。
犯行は想定外に上手く実行でき、絵画と引き換えに14万ポンドを要求。何たることか警察は犯人を捕まえることができません。犯行は順調に進みそうでしたが息子のガールフレンドに盗んだ絵画を見られてしまい、やむなくバントンは自ら美術館に訪れて絵を返却、やっと犯人逮捕に至ります。
そして有名な世紀の評決が出される裁判に入るのですが、ここでまさかの真犯人登場。バントンの息子が母に自宅で実は自分の犯行だったと告白するのです。
ここはフィクションかと思いきや、そういう話が実際にあったんですね。私は知らなかったのですが後に公開された事件の機密書類に、事件後、息子が自供したとの記録があるそうです。ただその後、判決が翻ったという話しはありません。
裁判では、バントンは犯行は認めたものの、盗んだ訳ではなく借りただけと無罪を主張。14万ポンドを受け取った後は生活に困窮する老人たちのBBCの受信料の支払いに当てるつもりだったと述べます。
検察官と弁護士、裁判官とバントンのイギリス人らしいウィットに富んだ法廷でのやりとりは見ていて楽しいです。証拠は十分で状況は検察官に圧倒的に有利。弁護人はバントンの私利私欲のない人柄に触れ一発逆転に賭けます。
そして運命の評決へ。陪審員の判断はまさかの無罪。傍聴席は大盛り上がり。結局、返却されなかった絵画の額縁の窃盗のみ有罪となり懲役3ヶ月となりました。
めでたし、めでたし。
「?」
やっぱり変ですよね。
この手の義賊が罪に問われないならば絵画は盗み放題です。
裁判官が陪審審理の前に
「今後イギリスの人々が美術館から名画を借りるような行動をとっては困る。」
と釘を刺しています。
それでは何故無罪なのでしょう?色々考えてみたのですが、一言でいうならその理由は
誰も不幸にしていないから。
名画は無事に返って来た、お金も取られていない、強いて言うなら英国民からこの名画を見る機会を奪った(有能な検察官はこの点にも言及しています。)ことくらい。
喜んだ人はいました。
笑った人もいました。
ある意味人々に幸せをもたらしたのかもしれません。
これを事件と見るべきだろうか。
笑い話で良いのでは。
裁判においてまで事件をユーモアにしてしまうのは国民性なのでしょう。私はイギリス人特有の気取ったアイロニーは好きではありませんが、こういう話しは嫌いではありません。
犯行の動機となったBBCの受信料は2000年に75歳以上は免除となりました。正義の戦いはついに勝利しました。
ところが2020年になって、低所得者以外の老人は徴収を再開すると方針変更。正義の戦いは再び始まりました。また誰かがロンドン・ナショナル・ギャラリーに「ウェリントン公爵」を借り行くかもしれません。今度もユーモアで済むでしょうか。イギリス人の笑いのセンスが21世紀も失われていないことを切に願います。
さて、もうひとつ大事な話がありましたね。
真犯人の息子はどうなったのでしょう?
この映画のストーリーだと無くても良かった話では?という気がするのですが、敢えて入れたところを見るとやはり真実だったのかも。
その結末は映画をご覧下さい。
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