映画:「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」

監督:アントワーヌ・ヴィトキーヌ

映画館:TOHO シネマズシャンテ



 

最初に結論から、

 

凄く面白かった。

でもアートファンでないと退屈かも。

 

後ろのおばさんはいびきをかいて寝てた。

 

幻のダ・ヴィンチ作品「サルバドール・ムンディ」はニュースにもなっていたので、おおよその顛末は知っていたけれども、当事者のインタビューも含めた映像を見るとなかなか闇は深く、後半話しが大ごとになっていくのは、天才ダ・ヴィンチなればこそ。

 

<ここからは、ネタバレ全開です。>
 
米美術商ロバート・サイモンは、古く傷んだ一点の絵画を1175ドルで購入した。
 
ダ・ヴィンチの作品の模写と伝わる銅版画と全く同じ絵柄だったことに惹かれるものがあったという。修復を経て、この絵は塗り足しされており、右手の指が描き直されていることが判明。サイモンはダ・ヴィンチの幻の作品ではないかと思うようになる。

 

絵の題名は「サルバドール・ムンディ」。世界の救世主、つまりイエスのことである。右手は天を指し左手には水晶玉、長髪で青い衣を纏っている正面バストアップの構図。顔の陰影のボカシがダ・ヴィンチらしい。

 
サイモンは、当時イギリスのロンドン・ナショナル・ギャラリーでダ・ヴィンチ展を企画していた学芸員ルーク・サイソンに、作品の真贋について意見を求めた。サイソンがダ・ヴィンチの専門家5人を集め作品を実際に見てもらったところ、1人は真作、1人は贋作、残り3人はノーコメントという結果に。
 
来歴となる資料がないため判定は難しいという状況だったのだが、そこから思わぬ方向に話しが進んでいく。学芸員サイソンはこの作品をダ・ヴィンチの真作としてロンドン・ナショナル・ギャラリーのダ・ヴィンチ展に展示したいと持ちかけ真作として公開。こうしてこの作品は世界的な注目を集めていく。
 
当初真作として話題を集めながら、その後サイソンは真贋は来場者の皆さんに判断してほしいと態度を変化。そんな怪しい状態のこの作品に目をつけたのがロシアのオリガルヒ(富豪)、ドミトリー・リボロフレフ。リボロフレフは資産家らしく財産を金融商品、不動産、美術品に分散して保有しており右腕である美術商イブ・ブーヴィエに購入を依頼。タフな相対交渉の末に1億3000万ドルの予算のなか1億2700万ドルで売買成立。作品は人目に触れない倉庫に厳重に保管されることとなった。
 
しかし思わぬ事実がジャーナリストの取材で明らかになる。実際の支払額は8000万ドル。ブーヴィエは2%の手数料に加えて、なんと差額の4000万ドルを利益として懐に入れていた。
 
2人の間でどのような契約が取り交わされていたかわからないが、手数料と別に利ざやを稼ぐのは品のいいことではないようで、アート関係者がこの荒稼ぎについて批判している。もちろん法的規制はないので億万長者を狙って美味い商売を目論む輩が蠢めいているらしい。ブーヴィエはこの事実についてのインタビューで全く悪びれることなく単なる商取引きですと言い切っている。
 
リボロフレフが作品の真贋についていかなる考えだったのかは明らかでない。確かなことはこの後すぐに作品を売りに出したということだ。この時オークションを請け負ったのがクリスティーズ。
 
クリスティーズのスタンスは「サルバドール・ムンディ」はダ・ヴィンチの真作。これは前述したダ・ヴィンチ研究の第一人者マーティン・ケンプが真作と結論したことが大きい。ケンプは来歴を示す資料が存在しないため絵を見ての判断と述べている。またインタビューに対して「私が間違えていたとしても誰かが死ぬ訳じゃない。お金を失う程度だ。」とも言っていた。
 
別のダ・ヴィンチ研究者マシュー・ランドラスは真作ではないと結論。ダ・ヴィンチではなくダ・ヴィンチの弟子が描いたもの、ダ・ヴィンチの手が入っている可能性もあるが20〜30%程度だろうと。そもそも検証の期間が短いことを批判している。これだけ注目の集まる作品には発言に気を使う研究者も多いことにも言及している。知人の研究者から「よく発表したな」とか「大丈夫か」と言われるそうだ。
 
クリスティーズはオークションにあたりマーケティングのスペシャリストにプロモーションを依頼。ニューヨークでダ・ヴィンチの真作として一般に公開展示した。作品の側にカメラを置き入場者が絵に見惚れている様子を撮影、プロモーション映像を制作した。入場者にはレオナルド・ディカプリオもあり、まんまと宣伝に一役買わされることになる。

 

この宣伝の効果もあってか、クリスティーズのオークションでは史上最高額4億ドルで落札。購入者は明かされぬまま、何処かへ発送された。当時噂されていたのは、アメリカならジェフ・ベゾス、中国人の資産家などだった。

 

その後思わぬところでこの作品の所在が明らかになる。サウジアラビアのある人物のヨットの中でこの絵を見たというのだ。その人物とはサウジアラビアの王太子ムハンマド・ビン・サルマーン。(2018年トルコのサウジアラビア人記者殺害事件で殺害指示を出したとされるあの人物です。)

 

どうしてイスラム教の国家がキリストの絵を買うのか?サウジアラビアは将来を見据えて石油の富だけに頼らない国家をの建設を目指している。そのひとつとして、ルーブル美術館のような人類の英知を結集した施設、世界中から人が集まる文化的観光資源の創設を進めている。

 

その中心、シンボルとなる作品とはルーブル美術館でいう「モナリザ」に匹敵するものでなくてはならない。そこに現れたのが幻のダ・ヴィンチ作品、男性版モナリザともいえる「サルバドール・ムンディ」。これこそ相応しい!

 

と、いうことらしい。

 

そしてこのタイミングで、ルーブル美術館は丁度ダ・ヴィンチ展を企画していた。サウジアラビア側はルーブル美術館に「サルバドール・ムンディ」を持ち込み調査を依頼するとともに、来るダ・ヴィンチ展においてモナリザと並ぶダ・ヴィンチの傑作として並べて展示することを提案してきた。(その場合、莫大な協力金がついてくる)

 

この提案を受け入れることはルーブル美術館がこの作品を真作と認めることでもある。

 

ルーブルは国家の財産、いわゆる所蔵品以外の鑑定は行わないルールだが例外として綿密な鑑定が非公式に行わなれた。

 

最終結論として、ダ・ヴィンチの関わりがある可能性のある作品としての展示なら可能という回答となり、サウジアラビア側は出展を取りやめた。

 

ダ・ヴィンチ展は「サルバドール・ムンディ」なしで実施されたが、それでも来場者200万人を超え成功に終わった。

 

サウジアラビアとルーブルのやりとりは公式には公表されておらず関係者への取材によって明らかになったらしい。

その後の「サルバドール・ムンディ」の行方は定かでない。

 

ここで、この映画は終わりとなる。

 

最初は純粋な学術的真贋問題からはじまり、作品をネタにダ・ヴィンチ展を成功させようと美術館の思惑が垣間見え、阿漕なアートビジネスのやりとりがあり、最後は美術館と国の威信をかけた駆け引きにまで及ぶ。これもダ・ヴィンチという存在が巨大過ぎるからに他ならない。

 

身も蓋もない裏事情を見せられた気もするが、最後に世界一の美の殿堂であるルーブル美術館の矜持が見れたの心地よかった。「短期的経済支援に目が眩んで、長期的な信頼を失うことはできない。ナショナル・ギャラリーのやり方は軽率だと思う。」とまで述べていた。

 

この映画は「サルバドール・ムンディ」は真作ではないというニュアンスで語られているが、実際は真贋問題は決着していないらしい。ウィキペディアは真作として説明されている。ルーブルの鑑定は非公式で公表されていないし、作品そのものにアクセスする術がない。今後更なる研究の進展を待つしかない。

 

とはいえ、

ダ・ヴィンチの作品だと決まれば感動し、

偽物と決まればつまらないと感じるなら、

その人は絵を見ていない。

 

絵は絵として観て、値段や来歴など無視して感じたものを自分の真実とするのが、

アートを観る物の心得というのがこの映画を観た私の結論です。

 

 

 

↓ランキングに参加しています。ポチッと押していただけると嬉しいです!

にほんブログ村 美術ブログへ