「木彫り熊の申し子 藤戸竹喜」展     

東京ステーションギャラリー

2021年9月11日(土)



一芸に通ずるものは百芸に通ずる


アイヌ民族を両親にもち、父親から木彫りを学んだ藤戸竹喜は、熊彫りを通して彫刻を極めた人だ。木彫り熊は一木が基本で、特徴としては、全身に施された繊細な毛彫りのリアリティ。アイヌ独自の伝統であるかは定かではなく、スイスの木彫りを取り入れて始まったという説が有力で、そこにアイヌの木彫りの伝統が取り入れられているという説もある。


幼少の頃から、木材の塊を渡されてデッサンやスケッチなどせずにいきなり彫り始めるやり方で彫刻を学び、叩き上げで、木彫り熊から彫刻の全てを学んだ。ありとあらゆる熊の姿体を作品にしていてどれも見事なものだが、取り上げるなら美術館の入り口のパネルにもなっているこの一点。


51   全身を耳にして


熊が集中して聞き耳を立てている立ち姿。熊が聞き耳を立てている姿を見たことはないが、聞き耳を立てているように見えるから凄い。しかも全身を耳にして全集中している様に見えるのだ。音に集中していて虚な視線がまたリアル。熊の内面、人格(熊格?)までも彫り込んでいる。


藤戸竹喜にとって北海道の土産物である熊の木彫りは専門であり上手いのは当然と言えるが、対象が変わっても上手いので驚かされる。


例えば海の生き物。ザトウクジラ、バンドウイルカなど、軽くこなしている。呆気取られたのが甲殻類。


39   ロブスター

40   ヤシガニ

41   サワガニ

42   ワラジエビ


熊の木彫りは一木が基本だが、この甲殻類は珍しくパーツに分けて制作した細工モノ。自在置物ではないかと見間違えるほどの各部の作りが緻密。特にワラジエビの体表面のザラザラ感、これが木材のテクスチャではなく彫っているのだとしたら、ちょっと頭がおかしい。


そして人物像。熊を掘れれば人間も彫れるという。確かに初期の作品でもアイヌの人々の暮らしの様子をいくつも彫っているのだが、人間の精神の内面性までも表現するという感じではなかった。それが円熟期に入ると近代彫刻を学んでいるかのような堂々たる人物像を制作している。


31   日川善次郎像

32   杉村フサ像

33   川上コヌサ像

58   フクロウ祭り ヤイタンキエカシ像


熊では掘ることのない衣服の表現は的確で、人の挙動を捕まえる眼力が高い。特に杉村フサ像は秀逸。ただの立ち姿でも無駄がなく、捉えた表情から会ったことがない人なのに人格が伝わってくる。ヤイタンキエカシ像の踊りの姿も、民族舞踊のリズムが聞こえてくるようで、この世に実在しない理想の人間像ではなく、そこにいるアイヌの人のリアルな姿を尊く形にしている。


藤戸竹喜は生涯、北海道で制作に励んで芸術家的な発表活動には積極的ではなかったという。しかし、今後どんどん有名になっていくことは間違いない。おそらく世界的にもいけると思う。


今は比較的空いているので、ゆっくり見ることのできるチャンスです。東京駅丸の内北口改札から徒歩0分。東京ステーションギャラリーです。