没後70年 吉田博展

東京都美術館

2021年3月14日(日)

 

 

吉田博は海外での評価が高いという。

 

私のイメージだと浮世絵展の最後の方で、現代の浮世絵、新版画という括りで、川瀬巴水や伊藤深水と共に紹介されるイメージ。浮世絵の世界にどっぷり浸かった直後に吉田博の写実性の高い木版画を見ると、残念な気持ちになるので、良さが分かっていなかったのだが、単独でまとめて見ると凄さがよくわかる。

 

まず版画ではなく、最初に展示されていた水彩画から釘付けになった。

 

・朝霧 水彩

まだ陽が指す前の田舎の風景に小屋が一軒、朝霧で画面全体は灰色だが、微妙な空気感の表現がとても巧みで、しっとりとした静けさがある。初期の作品だが風景画家として高いレベルに到達して、いる。

 

3 渓流

画面全体を占める山間の渓流の流れと水面に反射して光る岩の描写の見事さ、見ていて飽きが来ない。これほどの表現技術と優れた眼を持つ画家がなぜ制約のある木版画に進んだのか。

 

風景画家として国内外で活躍していた吉田は関東大震災で被災。窮状を脱するため作品を持ち渡米し、仲間の絵画も一緒に売ろうと試みるが、売れたのは絵画より新しく取り組み始めていた木版画だった。この経験から世界に売り出すには木版画の方がチャンスがあると気づき、帰国後、本格的に木版画へチャレンジを開始。この時、なんと齢49歳。

 

始めは米国で売ることを意識して米国の風景を題材に次々と木版画を制作。ある程度の成功を収めた後、日本の風景に取り組み始める。

 

25 劔山の朝

ポスターになっている作品。遠い山並みを照らし始める朝の光の表現が見事。手前の寒々とした青みを帯びた山並みの奥に、朝日を浴びて山がぼうっと光る感じがとてもリアル。

 

49  雲海 鳳凰山

山頂から見る夜明けの絵。空のグラデーションが綺麗で版画に見えない。太陽は雲に隠れて見えないのにワクワクする。

 

山の風景は本当に巧みでリアル。登山しているような錯覚に陥る。

 

51 渓流

先に紹介した絵画を木版画で再現した作品。岸の岩はトリミングして外し、渓流の流れのみを題材にした作品。かえって細かな水しぶき、泡がよく見えてダイナミックで迫力がある。

 

そして海。海といってもテーマは光だと思う。

 

37 光る海

瀬戸内の凪いだ海を進む帆船。海面の煌めきが美しい。

 

40-45 帆船

海に浮かぶ帆船の絵をひとつの版木から何回も刷れることを利用して朝から夕べまで、朝、午前、午後、霧、夕、夜、と6種類、光の調子を変えて刷った作品。モネのルーアンの大聖堂の木版画瀬戸内海バージョン。

 

119 神の島

夜の瀬戸内海に浮かぶ船。その向こうに遠くの船の灯と遠くの街の灯が水面にうつり並んで揺れている。

 

第二次世界大戦が激しくなる前は国内外に精力的に写生旅行を続け、インドや東南アジアまで訪れている。

 

71 平河橋

東京拾ニ題の一点。夜景。暗い青の世界。ただぽっかり浮かび上がる月が前面の平河橋を黒く浮かび上がらせている。

 

73 中里之雪

高い位置から見下ろした田舎の雪景色。白と黒の世界観。摺り方にも工夫があり、版画らしさを残しつつも吹雪く雪の描写がリアル。

 

122 ヴィクトリヤ メモリアル

オレンジ色の夕暮れを背景に黒く浮かび上がるインドの宮殿。

 

128 フワテプールシクリ

インドの建築の中の室内画。薄暗いオレンジ色の室内に座る二人の男と奥の格子窓の模様が印象的。版画に見えない。吉田博は人物を描くのは得意ではないがこの作品はとてもいい。

 

 

正直なところ、最後の方は少し飽きがきた。やはり山岳風景と、海の景色が得意な題材。

晩年、版画の技術が高度化し、刷りを重るとほとんど絵に変わらなくなってしまい、逆に絵葉書のような普通の景色に見えてしまうからだと思う。

 

時間が経って色の褪色が進んでいる気がするので、絶対今見た方が良い展覧会です。