『若冲』 澤田瞳子
文藝春秋 2015/4/22   ISBN  978-4163902494

本日1月2日(土)夜、7時20分よりNHK総合テレビで、正月時代劇 ライジング若冲「天才かく覚醒せり」が放映されます。
 偶々ですが澤田瞳子の小説「若冲」を読み終えたところで、タイミングがいいので
この本についてのコラムをアップします。
内容はテレビドラマとは全く関係ありません。
 
 
<ネタバレあります。>
 
江戸時代の画家で近年大変な人気の
伊藤若冲を取り上げた小説。フィクションです。
 
若冲は生涯独身だったはずですが、
若い頃に娶った妻お三輪を死なせてしまい
それが生来の趣味の絵描きにのめり込む原因になったという設定になっています。
 
作者はなぜそのような設定をしたのか?
その理由は若冲の作品の驚異的な写実性にあります。執拗なまでに細部にこだわり画面を緻密にうめつくす、本業の絵師にもここまで出来ない。
 
商売を辞めて隠居し、趣味で絵を始めたら
京都のトップの絵師になっちゃいましたなんて
できの悪いラノベじゃあるまいし
物語になりませんよね。
 
ですから、その答えとして過去の辛い経験が創作のエネルギーの源であるとした訳です。結果、出来上がる絵は全て内向きな孤高の世界、独りよがりなものであるとなっています。
 実際の絵はどうでしょうか?確かに若冲の絵は癖があり、ただ綺麗な絵とは異なります。あるがままに対象を写しとる写実の目が美しくないリアルまでも描かせている。しかしすべてが負のエネルギーに覆われているというのは言い過ぎです。「動植綵絵」のような大作もさらっと流して、ネガティブなニュアンスが膨らませることでこの小説は成立しています。
 
さらにこの物語の構想の起点になったのは
ふたつの絵画の存在だと思います。
 
・樹花鳥獣図屏風 静岡県立美術館所蔵
・鳥獣花木図屏風 出光美術館所蔵
 
画面を細かく方眼に分け1コマ1コマ塗るという変わった手法で描いた作品。どこに狙いがあり、それが成功しているのかもよくわからないので、謎の絵とも言えます。
 
この二つのうち「鳥獣花木図屏風」は贋作という説があります。論争の決着はついておりませんが、贋作なら誰か描いた人間がいることになります。
 
そこで登場するのが、市川君圭という絵師です。
彼は若冲の妻の弟、元の名を弁蔵といい
姉を死に追いやった若冲への恨みを晴らすため
絵筆をとり若冲の贋作を描き続けます。
 
絵の世界で逃げる若冲、追う君圭。アート心理サスペンスとでも言うべき筋書きが物語の縦糸となります。二つの絵の誕生の秘密がこの物語の最終的な結末となります。
 面白い筋立てですが、若冲の絵の内容から飛躍があり、私は違和感を感じました。この変わった作品が若冲の画業の到達点とは思えない。
 
 一方で若冲の生きた時代の京都の雰囲気を味わえたのは良かったです。同時代の画家たちも数多く登場します。実際にどこまで交流があったのかはわかりませんが、作者のサービス精神といえるでしょう。あくまでアートエンターテインメントとして読むべき作品だと思います。