生きてるのか死んでるのか | takeのブログ

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思考の記録

生きてるのと死んでるのの境界って、なんだかよくわからない。

人間だったら、死んだら意識がぷっつりと途切れて、
脳の統率を失って、全身が秩序を失うんだろう。


ゴキブリだって、神経節の統率を失って、動きを止める。
ただ、微弱電流を流すと生きてるみたいにカサカサ動き出すらしい。



でも単細胞生物だったら、ぶっちゃけあんまり見分けつかんのちゃう?


普通に動いていて体内で代謝活動をしている状態を「生きてる状態」としてさ、
死んでいくときにはたぶん、全体の統率を失って、秩序が乱れていくんだろう。
でも、細胞内の代謝活動はおそらくしばらくは続いてるし、
酵素の活性もしばらくは残っていて、「なんか生きてるか死んでるかわからん状態」になりそう。
個々のパーツは活動を続けていても、全体のリンクが無くなって、ばらばらになって、
そのうちエネルギーが切れて止まるんやろか。
そして「見分けがつく」ところが「死んだ状態」と見なされるんやろか。



生物って、「ネゲントロピーを獲得しながら子孫を残していく」存在だと思う。
岩とか金属とかと違って、外界からエネルギーを獲得し、
自己のエントロピーを減少させながら活動し、
最終的に子孫を残して次につなげていく。

それって、有機物の集合体じゃなくてもよくね?

自分と同じロボットを組み立てるロボットで、かつエネルギー補給を自律して行う。
ルンバみたいな感じで自分でエネルギー補給。
それが出来たら、それはもう生物じゃなかろうか?

単細胞生物と、やってることは同じだよね?
単細胞生物だって、別に意志があって活動してるわけじゃないだろうしたぶん。
細胞膜の中にいろんな分子が詰まっていて、
それらが熱力学的に作用することで勝手に生きてる(ように見えてる)だけだろうし。


まあ、それを言い出したら人間もそうかもしれんが。


ロボットが自己複製を繰り返す。
自己複製でちょっとミスったり、素材がちょっと変わってしまったりすると、
次世代のロボットに変化が起こる。
これを突然変異とか環境適応と呼ぶことにしよう。