学校中を震撼、いや爆笑させた珍事件を起こしてしまったにもかかわらず、「今後音楽棟のピアノを勝手に弾くことまかりならん」などと言われなかったのは、やはり当時の教育環境のおおらかさと言うべきではなかろうか。
この件にかぎらず、中学時代のあれやこれやを思い返すと、
あの学校の教師ら(もちろんイヤな奴もいっぱいいはしたが)には全体として生徒に対する温かい思いやりがあったように思う(だからそれに甘えて伸び伸びとイタズラができたのだ)。
「まかりならん」どころか、その後まもなく、我々三人は「天下御免で学校のグランドピアノを使ってよい」という特権さえ手にできた。
その経緯はこうである。
ある日、私は例によって例のごとく、仮病を使って体育の授業に参加しなかった。
呆れ顔の体育教師(たぶん仮病だと見抜いている)は私に
「見学はしなくていいから自習しろ。(勉強していた証拠として)後でノートを持ってこい」
と命じた。
私は図書室に行き、百科事典を引っ張り出してなんとなく「オペラの歴史」について書かれていたところを、自分流に簡略化してノートにまとめた。ホントになんとなくであって、オペラに興味があったわけでも何でもない。
放課後、私はそのノートを持って職員室へ行った。
体育教師はノートを開いてチェックすると(これもたぶん、何の気なしにであったのだろう)、近くの席にいた女性音楽教師(私のクラスの音楽授業を担当。田中良文ではない)に、
「先生、これ、見てくださいよ」
と言って手渡した。
女性教師(名前を忘れてしまったので仮にAとしておく)は、ノートを見、それから私の顔を見、それからまたノートを見て
「まあ・・・」
と絶句した。
彼女が再度顔を上げて私を見た時、その目が潤んでいた。
(え?)と思った次の瞬間、(あ!)と私は気づいた。
(この人、勘違いしている!)
どうやらA教諭、(例の飛び降り事件を起こした)私が、体育の授業をサボってまで音楽の勉強をしていて、そのことで体育教師に呼び出されて叱られている――そう思い違いをしたようなのだ。
(あの飛び降り事件といい・・・こんなにまで音楽に情熱を燃やす生徒がいたのか・・・)
彼女の目に浮かんだ涙は、きっとそういう思いの表れだったのだろう。それが証拠に、私は数日後、今度はAから職員室に呼びだされた。
(何だろう?何か叱られるのか?)と思いつつ彼女の横に立った私に、Aは自分のデスクの引き出しを開け、そこにある鍵を指して言った。
「ピアノの鍵はここにあります。もし鍵がかかっている時は、これを持っていって、練習が終わったら戻しておきなさい」 (続く)