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風に流されて…

秋風に遊ぶトンボのように…、そして春風に舞う桜のように…

よく言われていたことでございますが…、

最近の天気予報の確率はすごいですね!



「週末に寒波到来」



今朝、6時過ぎに目覚めた小生は、

窓の外がみょうに白んでいるのに気づいて、

窓を開け放すと、



風に流されて…


「真っ白」


風に流されて…

ホントに今年は雪が多うございます。



小生の住む、

滋賀の中部でもこの雪でございますから

雪の多い北陸、東北の方々は

さぞかし困惑のこととお察し申し上げます。



こんな時に、非常識かもしれませんが、

本日は休日でございます。


昨日買い求めたバーボンの口を切って、

窓から眺める雪を肴に

ほぼ半分を空けてしまいました。


風に流されて…


最近は、寒い冬だと言うこともあって、

日本酒が大い日常でございましたが…、


やっぱり洋酒はいいですね。


今日はたまたまバーボンでございますが、

スコッチもいい、ウォッカもいい。

久しぶりにラムでXYZを作ってみたい気もしたのでございますが…。



空腹を覚えて、

雪にお似合いの鍋焼きうどんを作ることにしました。



冷蔵庫を開けてみると、

あいにくとかしわがございません。



豚肉と鰹出汁で、

ショウガを刻んで

もちろん卵入りでございます。


最近は、血圧の治療に入り、

毎朝薬を飲んでおりますので、

大好きな卵の摂取も

気になりません。


これを食べ終えて、

昼からはなにをしようか?


と、考えていたところ、

一寝入りした後に、



そばを打ってみようと思っております。



昨日、ネットで注文していた

「そば包丁」と眺めの「麺棒」が届いたのでございます。


けして、高価なものは買い求められるものではありません。



入門用の廉価商品でございますが、

一寝入りした後で、

そばを打つ。


打ったそばで

旨い酒を飲む。



充実した休日になりそうでございます。




「ひとは感情の動物」とは、

よく言ったものでございます。

その感情は、何気ない出来事や

些細な他人の言葉に左右されることが

ままありがちのものでございます。



その出来事が、

自分自身の生活に

大きな環境変化を与えそうな場合には、



とんでもない重圧感が

のしかかってくるものでございます。


何気ない日々の中で、

大きな不安もなく過ごしていると、

何でもないように思ってきた行動が…、



たとえ、「好ましからざる行動」であっても

日々の習慣の中で昇華して、

大きな抵抗感を覚えずこなしていたことが…、


ふとした拍子に、

心の平安を脅かし、

日常の生活を変えようとした途端に…、

まして、

その行動そのものが、

その行動の先に行き着くべき終着点が見えないとき、

あるいはその先に希望を見失ったとき、

ひとは無性に不安が高まり、

押し潰されそうに感じるものなのかもしれません。

「心の平穏」を阻害したものが、

その行動とは直接の関わりがなかったとしても…。

ひとは、「こんなことをしているときではない。」…と、

その行動そのものも否定してしまうものなのかもしれません。

いや、その行動のみならず、

あらゆる行動や思いを全部否定して、

得体の知れぬ焦燥感を募らせるものなのかもしれません。


「人の暮らし」ってヤツは、

思わぬ場面の思わぬ感情に大きく動かされ、


将来への一筋の光明、希望というものを失ったとき、

えもいわれぬ不安と挫折感に苛まれ、

自ら多くのことを否定して

逃げ出したくなるものでございます。


ひとは、

こうした閉塞感から脱却していくには、

一日も早く、新たな希望を見出すことに他ならないんじゃないでしょうか。

それも具体的で実現性のある希望を…。


どうすればそうした希望を見つけ出せるんでございましょう。


ひとそれぞれでしょうが、

周囲からの助言や支援も必要でございましょう。

でも、何より必要なことは、

自分自身が決めることでございましょうか。



これから先、

どうあるべきなのか…。

どうしていきたいのか…。


しかし、

万人が全て自分自身で脱却し

自分自身で希望を探し当てることができるとは限りません。


安易に時間が解決するというものでもありませんが、

落ち着いて自分自身を見つめることも大切なんでございましょう。


ともあれ、

一日も早く、新たな希望を見つけ出して、

虚脱感や焦燥感から解放されて、

平穏な日常生活を取り戻すよう

見守ってもらうしかないのかもしれません。


昔からよく言われてるじゃぁありませんか。

「陽はまた昇る。止まない雨はない。」…って。

心静かに「あらたな希望」ってヤツを

探し求めてみたいと…。


今年の雪は、

滅相多うございます。


TVの報道では、

強烈な寒波の到来で

未曾有の豪雪とか…。



小生の住む土地は、

平年に比べて多いといった程度で、

ずいぶんと救われているようでございます。


北陸地方や北海道、東北地方の方々は、

さぞかしご不便のことと

お見舞い申し上げます。




小生は、

本日、映画を見に行って参りました。



タイトルは「3丁目の夕日 '64」でございます。


朝鮮特需を受けて戦後の復興の足がかりを得た日本が、

高度経済成長遂げていくさなかに

「東京オリンピック」を開催するという

時代背景を舞台に

当時の庶民の生活の様を

描き出した懐かしい感情を呼び起こさせる映画でございました。



現在の日常生活から考えると、

「懐かしい」

ほんとに懐かしくほのぼのとした気持ちになりました。



隣近所の人たちが、

お互いに垣根を越えて、

おせっかいだらけの干渉でつながっていた時代でございます。



文字通り

「人」は支え合い、

寄り合い、つながって生きていた時代でございます。



「六ちゃん」が結婚を決意することに、

勤め先の主人や奥さんが気をもみながら干渉し、

またそれを素直に受け止める六ちゃんと婚約者。



この光景は、

「職場」も「生活」もいっしょ…。


という、

現在では考えられない図式になっているように

思われます。


なにかにつけて

「大家族主義」の懐かしい思い出でございます。



庶民の多くが、

「東京オリンピック」という一大祭典に、

日本中が熱狂した時代でございます。


小生は、

当時小学生でございました。


学校の視聴覚室で、社会授業の一環だったんでございましょう。

「東京オリンピック」の中継を見せられた思い出がございます。



秋の運動会では、

全校競技に、

三波春夫さんの「東京五輪音頭」をバックに

盆踊りを踊らされた記憶もございます。



なにはともあれ、

その当時の世相や生活が映し出され、

懐かしく自身を振り返っておったんでございます。


小生の家にも、

カラーテレビが導入されたのも

ご多聞に漏れずこの頃でございました。



一台しかないTVを

家族全員が集まって、

チャンネルの取り合いをしながら

楽しんだ時代でございました。



現在では

家族それぞれが

思い思いの番組を

おのおののTVで楽しんでいます。


同じ番組でも

それぞれ別々に見るという

この風潮は…、

いかがなものでございましょうか?


小競り合いも起こらず、

平穏でいいのかもしれませんが…。


心寂しさを感じるのは

小生の詰まらぬ感傷でございましょうか…。