ある友人にピグとも申請をした。

 削除されました(爆


 えっ~っと(汗

とりあえず、とりあえずだ。其の日のことはよしとしよう。


 最近書いた小説に、時代物があるが、どうも乙ゲーの刺客にしてやられた感が否めない。それでも、時代物は調べるための時間が相当にあるから、通信教育が進まない。。・・・うん、どうでもいいな!

 


 ふとした日常に、何か、空気とか鳥の声とか聞いたりすると、また何か思い出したりする。

 それが友人であったりする。

 ブログの色合いがミッドナイトブルー(ミッドナイトブルー?いや笑わないで聞いておくれ)だからすこし、明るめにしたつもりだ。横文字が多いと、つい会社でも、お前はルー大柴だとか言われてしまうが、それは笑って通り過ぎるとして、話しはもとに戻そう。

 私が最近であった友人は、歳は違うが、同じ時間の流れにいるようなきがする。当たり前ではあるが、それはより深い意味で、お互いが共有している気持ちがあるという意味だ。これが大切なこころの財産であるのは、まだまだ私も失っていないものがあったという発見だ。もう、沢山の自分を捨ててきた。だから、眠ったままの自分が、実はまだ心の奥底で、静かに横たわっていることに、良い意味で閉口している。

 相変わらず、大切なものは、いくらでも近くにある。ただ……、なかなかね。。

 業務用の豆ではあるが、粉にしてコーヒーを飲んでいる毎日。

 その中にある休日の1ページに、活字には表せないような瑞々しい出来事があった。

 今日、友人が増えた。

 偶然にも、友達はもう、十分なのかと自問していたのは仕事が終わって目が覚めた正午前だ。こんな出来事は、誰にもすごい偶然なのだろう。私は幸せに導かれて生きてきたと感じている節がある(実際の不幸はどれだけ今の幸せに貢献しているかは計り知れないが)ので、これもその一環かもしれない。

 素直にうれしいといえる。歳や性別ではなく、互いが理解し合えるのがうれしいのだ。こうして電子の世界で友達に会うのも、よき人生、遥かな時と気持ちをつなぐひととき。

 …ありがとう。