普段会えないからこそ、
こうやって何かを開催すると
やる気も元気もひとしおとなり、
さて、公演に向けてちゃんと動かなければ!
と、思った翌日の朝。
父の唯一の兄妹で看護師でもある叔母から
父が危ういとの連絡が母の携帯に入った。
あんなに弱っていたことを知っていたのに、
あんなに病室で看病され
細かく気にかけられている姿を見ていたのに、
あんなに緊急入院時に
もってあと1週間と言われていたのに、
何にも信じてなかった。
ずっと生きてると思ってた。
バタバタとみんなが急いだ。
急いで、用意した。
でも、信じてないから、
万が一このまま夜までもったら
きっと母はまた病室にお泊まりするから、
ちゃんと準備も持っていきなよ!
なんて母に声がけし、
その準備に手間取る母から
あんたたちは先に行きなさいと言われ、
母をおいて妹と私は父と叔母が待つ病室に急いだ。
病室に着くと、
一人で不安が隠せない叔母がほんの少しだけ安堵し、今の父の状況を細かく教えてくれた。
それを聞きながら、父の手を取る妹と私。
父の手が、いつにも増して冷たかった。
肌の色も血の気が引いていて、
すでに白く見える。
妹はすぐに病室を出て、車で家に向かった。
早く母を連れてこなきゃと思ったらしい。
残った私は、叔母と一緒に
父の体をいっぱいさすった。
いっぱい声かけた。
病室で父に繋がったベッドサイドの心電図が
元気なく、なんとなく、それとなく、
どんどんと落ち着いていくのが見える。
まだ頑張れ
まだ待って
まだキヨちゃんが来てないから
もっと頑張って
叔母が擦りながら声をかけ続ける。
私も、同じようなことを繰り返す。
繰り返すが、、
ほんとのところ何て言って言いかわからなくて
繰り返すしかなかった。
午後0時05分。
父に繋がる心電図がまっすぐになった。
数字が0ってなってる。
でも、何も変わらなかった。
目の前の父は動かないままだし。
手は相変わらず冷たいし。
何も変わってなかった。
。。。
それからしばらくして、
母が病室に走ってきた。
後ろから妹も入ってきた。
本当はもう何分も経ってたと思うけど、
叔母も私も
ついさっき、まっすぐになったってことを伝えた。
母はすぐ泣くこともなく、
でも戸惑いを残して、いつもの感じで
うんそっかと言いつつ、
足早に父の隣に行って
手を取って
ごめんね
って言った。
それから、すぐに叔母の手を取って、
ごめんね、すぐ来れば良かったのに、ごめんね
っていっぱい謝った。
私が、余計なこと言わなければ、
母にお泊まりの準備を勧めなければ、
あの大事な、大切な時を母が見送れたのにと
私は悔やんだ。
ごめんねって、
父にも母にも心の中でいっぱい謝った。
妹は落ち着いていた。
兄貴にはすぐに連絡した。
弟にもすぐ連絡した。
みんな落ち着いてすぐに父の元へ動き出した。
その日、
遠方の弟以外はすぐに集まり、
みんな病室で父を眺めた。
そして、豪華な個室を去るときが来た。
父の体は、人生最後のルートで病院を出て、
入院生活を終えた。
私たち家族と叔母夫婦も、
父の人生最後のルートを共に移動して病院を出た。
それからしばらくして、
父は家に帰ってきた。
仏間に父が布団で寝ている。
いつでも触れる父がいた。
みんな、お帰りって言った。
続々



