『無理が通れば道理引っ込む』という慣用句があります。ひとつの皮肉や戒めとして使われているうちは良いと思いますが、
・無理が通るのは当たり前
・性善説として正しいことを信じている人(道理)が損をする
こんな構図が目立ち始めています。性善説が通用しない!
・雇用の改善がなかなか進まない
・少子化に歯止めがかからない
・高齢社会へのシフトができていない
・欧州の経済危機の余波をモロに受けている
・生活保護の問題も私たちの気持ちを暗くする
・・・
良い話がないねぇ。なんて会話を最近しました。普通に生活している一般市民レベルでも、心がワクワクするような良い話が減っています。サッカーの日本代表が勝った!ぐらいはあるのかもしれませんが。。。
現実の社会と逃げずに向き合う必要があるのだと思います。少子化と人口減はもう止められません。団塊ジュニアは出産適齢期を過ぎてしまいました。高齢社会だって受け容れざるをえません。受け容れた上で、その場しのぎにならない社会を作っていくときなのだと思います。介護施設はいわゆる低賃金の代表格です。生活保護のほうがもらえるお金は多いかもしれません。でも、働くことの意義や働くことの充実感を社会で作っていかないと拝金主義で終わってしまいます。そこに経済成長はないでしょう。
働く→給料をもらう→買い物をする→ものが売れる→売った人の給料になる→別の買い物をする→別の人の給料になる→・・・・これぞ経済活動の基本
隣のお店ではなくて、自分のお店で買い物をしてもらうために工夫・努力をするのです。そこに新商品や新ビジネスモデルのきっかけがあるのです。考えることをやめて工夫をやめて、努力をやめて。。。お金がもらえれば良い。それなら、なんのために生きているのか?
おそろしい時代がやってくると思います。人口が減っているのですから、今では当たり前のサービスが将来はなくなることもありえます。宅配便が翌日に届くなんてことはなくなるかもしれません。コンビニは24時間から15時間営業等に変わるかもしれません。だって、働く人がいなくなるんですから・・・今の幸せにあぐらをかいてはいけません。明日の幸せのために生きなければ。
将来の夢に向かってなんて人はなかなか少ないと思いますが、明日!来月!来年!に向かって目標をたててガムシャラに頑張るぐらいはあってもよいのではないでしょうか?それがあるべき姿(道理)なんだと思います。