「怒られるのが嫌」
「悪者になりたくない」
「自分は正しいひとでありたい」
「人よりも秀でていたい」
「人よりも偉くなりたい」
「苦しいことはやりたくない」
「自分だけは得したい」
「自分だけは損したくない」
・・・
15年以上前になりますが、高校3年の英語の教科書を思い出しました。ビッチリと英文がつまった英書のテキストは、ラッセルの『幸福論』でした。ただでさえ英語が苦手なのに、哲学的な文章を・・・単語をアクセクと調べながら読み進めたのを思い出します。
はっきりと覚えていないのですが、感情的な部分にとどまらず、様々な環境要因までいろいろと書かれていた気がします・・・(記憶が弱い)
日本人の癖かもしれませんが、すぐにマイナス思考に陥ります。『幸福論』と言っても
「どうすれば不幸にならないか?」
という思考がチラついてしまいます。不幸が前提にあるわけです。被害妄想についても書かれていたような気がしますが・・・
文化的に日本人は幸せを獲得するという感覚が希薄なのかもしれません。もしかしたら、程々の幸せをみんなが手に入れられるから麻痺しているのかもしれません。幸福と不幸は紙一重なのですが、そういった感覚もあまりないですね。(ピンチとチャンスの関係みたいなものです。)
やや脱線したので話をもとに戻すと、冒頭の表現は誰もが持っている心理だということです。
本当に苦労を買ってまでするか?
敢えて自分を追い込むことが、どこまでできるか?
ひとの失敗を心から悲しみ、再出発を支援できるか?
・・・
きれいごとでは解決しないことがたくさんあると思います。
しかし!!
人を踏み台にして、人を騙して、自分に嘘をついて、手を抜いて、そんな姿勢では成功することは無いでしょう。。。どんなに小さなことでも成果をあげるには真面目さと真摯さが必要です。社会が疲弊しています。社会が貧しくなっています。貧しいとは金銭的な意味ではなくて、心が貧困化しています。
昭和の地域社会に戻るのは難しいでしょう。当時のコミュニティーは緩やかではあるが存在感のあるつながりでした。近所づきあいには不便さもあったかもしれませんが、お金や時間に変えられない出来事(経験や支援)を互いに提供しあっていたと思います。
失われた社会から学ぶことはたくさんあります。少なくとも「働く」ということは、いつの時代も変わらない真理があるはずです。これからの日本の浮沈は、そこに掛かってくると思います。地道にコツコツ頑張った人にこそスポットライトが当たるのです。そんな当たり前なことを忘れてしまわないように・・・自分への戒めとして投稿してみました。