ポイント3倍の時以外で久々に音盤買ったメモ。

― Sleeping Workers ―-telepathic

L'altra 『TELEPATHIC』

"Big Air Kiss"でガツン。
タイトルトラックの"Telepathic"でガツン。
前作よりこれまたどぎついジャケなので、そこからして期待度が急上昇。
もしかして「蒼ざめたる馬」ですか?
こえー!!


― Sleeping Workers ―-ranbou
大谷能生と相対性理論 『乱暴と待機』

冨永昌敬の周辺はホント良い人が集まりますよね。
思い返してみたら『シャーリー・テンプル・ジャポン』のコメンタリーのトリプルタッグに
合わせて現在、日本最高の大衆バンドじゃないか。
しまった、この三連休に観に行くべきだった。


― Sleeping Workers ―-d.e.f

DJ BAKU HYBRID DHARMA BAND 『D.E.F』

誤解を招くことを恐れずに言ってしまえば、
「旬の音」
多分、もう半年もせずにこの「旬」は過ぎます。
KAIKOOのクラウドの中でclammbon(とBOSS)を待ちながら横目で聴いていた音は
思わずそっちに駆けつけたくなるほどかっこ良かったんですが
音源にすると、こうなるのかー。
かっこ良いのですが、悲しいかなこれが普遍の音とは思えない。
だけれども、あれだけのフェスを作りあげた人なので次作以降もcheck it。
#タワレコで付いてきた"Nada Break"のPVは信じられないくらいダサかったです。
#思わず心配になるダサさです。


― Sleeping Workers ―-devil's hands

ACO 『devil's hands』

待ちに待った新作。
importしてジャンル欄に「Pop」と出ると嬉しくなる。
安藤優子に惹かれるのと、この人に惹かれる理由は多分一緒。
ベタなポップが、ACOの手と声にかかるとベタじゃなくなる。
こういうマジックを「良い毒」と勝手に呼んでおります。
この人の日記が好きで(Jen Woodで検索しても上位に出るのが良い)
たまに読むのですが、良いです。
何か軽くなる。

真実に近づかないことが罪なのか。
人の人生狂わせようとしたことが罪なのか。

ミクロな視点かもしれんが、どうしても後者の方が
異常なまでに恐ろしいとしか思えない。
休暇に実家へ帰ったら『団地ともお』が何冊かあり(昔俺が買ってたからだけど)
読み始めたら止まらんくなって帰ってきてからも1冊づつ買っててまだ止まらん。
ともおの涙をにじませながら「~かよ!」と無情な世の中(ほぼ学校か母ちゃん)への憤りを吐露するシーンに

ああ、知ってる、これ、俺だ。

と感の極まり(共感)が物凄い。

「何かというと再利用だ、ウチは!」とかは、名台詞だと思います。

今週の俺のともお。
「また打合せかよ!何回打合せすりゃ気が済むんだよ!」
「誰がボール(主導権)持ってんだよ!」


親友に第二子が産まれることを知り、
「俺はともお」なんて言っている場合じゃねー、という気分。
俺の脳内メーカーは九割九分九厘「祝」の文字なのだが
一厘だけ中枢に「寥」の文字が居座っていやがる。

しょうがないからこの曲を贈ります。俺に。
#このビデオの写真は良いです。どうせ撮るならこんな写真が良い。



そして一厘の「寥」を「愛」に変えるためにもこの曲を贈ります。俺に。
やっぱ愛だろ。
テンポアップしてんのも愛だよ。




松浦理英子の『犬身』のオビの裏に、広田レオナが
「・・・車谷長吉のジャリジャリとしたバイト小説とも違い、ホニャララ」などという
推薦文なのか、書評なのかよくわからない文章を載せており
もちろんこれは私が見た夢で
松浦理英子も『犬身』も、ましてや車谷長吉も読んだことないのに
よくもまあ、人の無意識は立派に筋道を立てて夢物語を構成できるものだ、と感心したので
読んでみようかと本屋に行ったら、文庫化されていて
何に驚いたかと言えば、この本の最初の発行がすでに3年前であるということ。
何かの雑誌で蓮實重彦が絶賛(?)していて、「ふーん、、、難しい本なのかな」と思ったのは覚えていたけれど
それがまさか3年前の記憶とは。
まあ、蓮實さんではなく広田レオナだから読もうと思ったわけですが。
全然、関係無いし、そもそも夢のハナシなのですが。


― Sleeping Workers ―-kenshin_1 ― Sleeping Workers ―-kenshin_2


ああ、この表紙、やっぱり上巻下巻の順序が正しいですね。何となく。
私は読んでいる最中、ずっとフサを「リトル・チャロ」と同化させていました。
最近、最も悔い改めさせられた文章。

「中国の経済成長はいずれ停滞する。
それは不可避である。
これまで右肩上がりの経済成長を永遠に続けた国は存在しない以上、中国の成長もいずれ止まる。
その成長をブロックする主因は、知的イノベーションの重要性を見誤ったことにある。
中国の危機は著作権についての施策において予兆的に示されている。
ご存じのようにかの国においては他国民の著作物の海賊版が市場に流通しており、コピーライトに対する遵法意識はきわめて低い。
それによって、現在のところ中国国民は廉価で、クオリティの高い作品を享受できている。
国際的な協定を守らないことによって、短期的には中国は利益を得ている。
けれども、この協定違反による短期的な利益確保は、長期的には大きな国家的損失をもたらすことになると私は思う。
それはオリジネイターに対する敬意は不要という考え方が中国国民に根付いてしまったからである。
誰が創造したものであろうと、それを享受する側はオリジネイターに対して感謝する必要も対価を支払う必要もない。
国民の多くがそういう考え方をする社会ではオリジナルなアイディアをもつことそれ自体の動機づけが損なわれる。
これは論理的には当然のことである。
新しいものを人に先んじて発明発見した場合でも、それはエピゴーネンや剽窃者によってたちまちむさぼり食われ、何の報償も与えられない。それがふつうという社会においては、オリジナルなアイディアを生みだし、育てようという意欲そのものが枯死する。
みんなが誰かのオリジナルの出現を待つだけで、身銭を切ってオリジナルを創り出すことを怠るような社会は、いずれ「そこにゆかなければ『ほんもの』に出会えないものが何もない」社会になる。
オリジネイターに対する敬意を持たない社会では、学術的にも芸術的にも、その語の厳密な意味におけるイノベーションは起こらない。
イノヴェーティヴな人々はもちろんどこでも生まれるけれど、彼らは中国にいてもしかたがないと考えるだろう。
オリジナリティに対する十分な敬意と報酬が約束される社会に彼らは出て行ってしまう。
中国は欧米先進国のテクノロジー水準にキャッチアップする過程で、緊急避難的にオリジネイターに対する敬意を不要とみなした。
そのことは緊急避難的には合理的な選択だったかもしれない。
けれども、それは社会生活の質がある程度のレベルに達したところで公的に放棄されなければならない過渡的施策であった。
中国政府はこの過渡的施策を公式に放棄し、人間の創造性に対する敬意を改めて表する機会を適切にとらえるべきだったと思う。
けれども、中国政府はすでにそのタイミングを逸したようである。
創造的才能を食い物にするのは共同体にとって長期的にどれほど致命的な不利益をもたらすことになるかについて、中国政府は評価を誤ったと私は思う」。

AFTER HOURSの編集長・大漉さんの日記で引用されていた内田樹の日記の文章。