休暇に実家へ帰ったら『団地ともお』が何冊かあり(昔俺が買ってたからだけど)
読み始めたら止まらんくなって帰ってきてからも1冊づつ買っててまだ止まらん。
ともおの涙をにじませながら「~かよ!」と無情な世の中(ほぼ学校か母ちゃん)への憤りを吐露するシーンに
ああ、知ってる、これ、俺だ。
と感の極まり(共感)が物凄い。
「何かというと再利用だ、ウチは!」とかは、名台詞だと思います。
今週の俺のともお。
「また打合せかよ!何回打合せすりゃ気が済むんだよ!」
「誰がボール(主導権)持ってんだよ!」
親友に第二子が産まれることを知り、
「俺はともお」なんて言っている場合じゃねー、という気分。
俺の脳内メーカーは九割九分九厘「祝」の文字なのだが
一厘だけ中枢に「寥」の文字が居座っていやがる。
しょうがないからこの曲を贈ります。俺に。
#このビデオの写真は良いです。どうせ撮るならこんな写真が良い。
そして一厘の「寥」を「愛」に変えるためにもこの曲を贈ります。俺に。
やっぱ愛だろ。
テンポアップしてんのも愛だよ。
読み始めたら止まらんくなって帰ってきてからも1冊づつ買っててまだ止まらん。
ともおの涙をにじませながら「~かよ!」と無情な世の中(ほぼ学校か母ちゃん)への憤りを吐露するシーンに
ああ、知ってる、これ、俺だ。
と感の極まり(共感)が物凄い。
「何かというと再利用だ、ウチは!」とかは、名台詞だと思います。
今週の俺のともお。
「また打合せかよ!何回打合せすりゃ気が済むんだよ!」
「誰がボール(主導権)持ってんだよ!」
親友に第二子が産まれることを知り、
「俺はともお」なんて言っている場合じゃねー、という気分。
俺の脳内メーカーは九割九分九厘「祝」の文字なのだが
一厘だけ中枢に「寥」の文字が居座っていやがる。
しょうがないからこの曲を贈ります。俺に。
#このビデオの写真は良いです。どうせ撮るならこんな写真が良い。
そして一厘の「寥」を「愛」に変えるためにもこの曲を贈ります。俺に。
やっぱ愛だろ。
テンポアップしてんのも愛だよ。