先日友人宅にて見たこの変すぎるおもちゃがツボすぎて
今日は朝からそのことばっかり考えていて頭が痛くなってきた。
そしたら急に関係ないスニーカーとか買ってしまったやんか

あーーーーーーーーーーーほしい。
近いうちに買うと思います。



これみて!

ポカーン。

早いもので5カ月。
先週あたりから、予定の無い日は午後の散歩が日課になりつつある。

2時間とか!ヒュー
ポッドキャスト聞いてたらあっという間でして、それがまた楽しくて。
エルゴとかベビービョルン⇒ベビーカー派です。完全に。あるけるから。
今日はどこ行こう~~~フフーーーーン♪

激愛用ベビーカーはこれです。全くの不具合なし。安心の日本メーカー。


うちのアパートはエレベーターが無いので、階段をよいしょと持って上がる必要があるので
これにしました。軽くてひょいひょい。

最初はどうも日本製の見た目やタイヤやホイールが気に入らなくて、
エアバギーとか、まきしこし?だの
クイニーだの、外国製に憧れたのですが、見に行ったりもしたのですが、
ほぼ全員が「結局軽さとコンパクトさが一番大事」という、先輩母たちの意見を採用してみたら
ほんとにその通り。くちこみにまさるものなし。?
でも後悔はしていなくて、徐々に気に入り指数上がっていたりして。良かった…。

決断が遅い夫婦、べビザラスで店員さんを捕まえて軽く1時間悩みましたが(色で)、
私は赤いのが欲しかったけど、最後はだっさんの決断に従いました。
(その後街で赤いのを見るたびに赤にしなくて良かったとこれまた安堵。なんかなあ。持ってる人が。)
今年は周りの人に選択をゆだねるとうまくいくらしい。楽~。

そしてこれは大抵、だっさんの決断には従っておいた方が正解なのです。

そうそう。2015年はお陰様で?なんだか賑やか、楽しい予定に忙しく、アクティブに
過ごしています。
年明けてからガラリとなんだか変わったので、不思議な気分。
そういう年の雰囲気ってあるのだろうな。そして書いたことは実現する魔法により、
確固たるものへ!むふふー

代名詞のように、来週発は沖縄に行くのである。ワクワク!!!!!
唱太やんは初の本州脱出、飛行機へ。どうなることやら。

あったかくなってきたことやしもっともっと出かけたい。
でも赤ちゃんの紫外線対策って絶対必要なんやってー。そのへんちゃんとやらなければ!!
唱太が生まれる前から、せっけん生活始めました。
元々周りにいるナチュラル志向な友達たち、
元々自分が持っていた幾ばくかのナチュラル志向的思考。

でも、元々自分が持っていた幾ばくかの合成洗剤志向。
そしてそれが一番強かったのが食器洗い合成洗剤に対する気持ちでした。

なんせ、合成洗剤で油汚れをキュッキュ言わせながら(ちょっとお湯で)
洗うのって楽しい!!し、気持ちが良い、し、いい匂いもする ので

でももしかして流しそびれた合成洗剤が赤ちゃん(当時無名だった唱太)
の口に入ったらなあ…とも考えていたわけで。

ぐずぐずのまま、お試し的に始めたせっけん生活。
やはり、合成洗剤に比べると格段に油汚れは取れないし、残る。
泡立ちは良くない。
ポンプ式のディスペンサーの出口あたりで固まってしまって、
ポンプを押すとぴゅーぴゅー飛ぶ!(これにはほんとに閉口)

へ     へ
=     =
   も
   ※

こんな顔で過ごすことしばしば。

でも、洗濯、お風呂洗い、食器洗いを全てせっけんにしてみると
なんとも気持ち良い、ということに段々気づいたのでした。
無香料もなんのその。
今となっては香料入りまくりの合成洗剤の匂いはむしろ苦手な域で。
油汚れが落ちすぎる合成洗剤にはむしろ恐怖を感じる域で。

せっけん野郎デビューを果たし気味。

そして、今のところ一番ネックだった、油汚れに強い石鹸はこれです。


なにこれ?

なのはなせっけーん

そして最近知ったのは、このせっけん、シャンプーにも使えるみたいです。
オレイン酸を多量に含む らしい。
ふむふむ。

せっけん生活を始めてからはまっているのは、物へらし!
特におすすめしたいのは、お風呂の洗剤って本当に必要なくて
せっけんシャンプーで水垢は綺麗に落ちます。何の不満も我慢もしなくて大丈夫。
せっけんシャンプーでなくても、普通のシャンプーでもいいはず。
でも最近そのためにせっけんシャンプーを買い始めていて??と思っていたので

よっしゃ今度からこれで台所とお風呂と髪も洗ったろー ふぉーふぉー

というわけでまとめ買い。送料無料を狙う。こしたんたん



おすすめです!!

べビザラスの店頭で見て以来、ずっと気になってたこいつ。



「こりゃひどい・・・・・・・・・好き。」

唱太も4カ月に入り、歯は生えてきていないのに最近やたら噛みたがるので、
意気揚々と買ってあげました。

ピーピープープー鳴らしながら、夢中で噛んでます。
噛んでるの見るたびにプププとなる。

噛んだだけ頭が良くなる?????のか?
とは思うものの、頭の部分(普通)、ゲソ(つぶつぶ)、
謎に1本出ている手(哺乳瓶の乳首のような形)など
恐らく全部噛み心地が違うようで、よく考えられてるなあ、と思わざるを得ない。

イカスー、カミカミ!     ぷぷぷ。

激おすすめです。





唱太はもう4カ月。(むしろあと10日くらいで5カ月)
寝返りもお手の物!


ぐりーん から


ぐりーん で タイコ


ぐりん!得意気!

4カ月経って毎日それでも必死やけど、バタバタやけど
なんとなーくなんとなーく、お互いがお互いに慣れている感じがする。
子育ては忙しいけど楽しくて嬉しく、可愛い。
バタバタな毎日なんてバタバタ過ぎればいいと思っているけど、
気が向いたら残していこうかな。記録は好きなので

ここ最近は

07:30  起きる(うにゅうにゅ言ってても電気をつけて顔を撫でればニコニコちゃん)
08:00  お父さん行ってらっしゃい(抱っこして玄関までお見送り)、授乳、ミルク(100ml)
~10:00 洗濯、掃除、朝食、遊びでなんだかんだ
~12:00 エルゴおんぶで寝る(この間にPC仕事)
12:00  授乳、昼食
~14:00 遊び、授乳
~17:00 ベビーカーでお出かけ、帰宅後授乳、晩御飯準備
~19:00 お風呂、授乳
~20:00 授乳、ミルク(100ml)、お父さん帰宅
21:00  夕食
22:00  唱太寝かしつける(70%一緒に寝てしまう)
~07:30 ふにゃふにゃ→授乳 の繰り返し。何回起きてるかは不明。

のパターンがほとんど。

体重は本日ぴよクラスにて5.54kg!
おちびちゃんなりにちょっとずつ増えていますので安心安心。
1日200mlのミルク。
最初はミルク戦争(夫婦間における)があったものの、
今は私もだっさんもそこまで意固地にならずに朝昼晩3回→朝晩2回に変更。

いろいろ安定しているのである。
安定してきたのかな。

色々市がやってる赤ちゃんクラスにも参加しています。
いつになく、ママ友づくりに励んでいて
あんまりそこまで励まんでもいいなあ、とこれまた思い始めてきたところ。
自然に成り行きに任せよう。

仕事のこと、お金のこと、保育園のこと、家のこと、住みたい場所のこと。
色々考えるべきことは山のようにあれど。
考えることがあることはいいことだわーなんつって

先週あたりからベビーカーで歩き回るのがとにかく楽しくて、
それが今は一番の息抜きというか、自分の時間で。
ひとりで悶々と考えたい時期なのかも。

とかゆって沖縄旅行計画浮上!!わくーわくー
既に100日を超えていました、唱太やん。

いやーーーーー人間の赤ちゃんって手がかかる、の日々。
生き物としてこんだけ激弱な生き物ってやばいんちゃうかと思う。
もちろん本当に本当にかわいくてどうにかなっちゃいそうですが、
それにしても生き物としてやばいのである。


軽井沢から帰ってから急によく笑うようになってきたよ。あーかわいい。

11月は京都丹後、12月は軽井沢と行動範囲も広がっている坊ですが、
心配していた新幹線、特急は全て超良い子でした。
いつもぐずるタイミングと同じタイミングにてぐずるのみ。
耳抜きとかも心配してたけど、特に嫌そうではない。

ニヤリ。
行けるクチらしいよ。まあ、私とだっさんの子ですからね。
無理はさせたくないけれども!

今回知ったのは、特急を含むJRの電車には多目的室というものがあり、
授乳で使わせてくれるらしいということでした。
どうしようもなくなったら借りようと思ってたけど、大丈夫やった。

そして、「親を学ぶプログラム」というのに当選してしまいました。
週1で4回のプログラム。市がやってるやつです。
友達できるかなー位の気持ちで行ってくる!わくわく。
親を学んだろ

そして、急展開をしそうな家買う問題が浮上しておりますー
これもわくわくしている、と言わざるを得ない。
我らの性格的に、買っちゃうんちゃうかと思っています。
いい家が良いな。
(つづきです。)

病院についたら助産師さんが待ち構えていて、
ストレッチャーとかで運ばれる勢いですぐにバタバタ入院になると思ってたら、
とにかくとにかく普通に対応される。

今日から入院ですねー、検尿と血圧体重お願いします、と、
普段の受付と同じ台詞を吐かれる。むしろ座って診察開始時間を
待っててくださいみたいな雰囲気。

あの、陣痛きてること知ってはります?(手のひらを差し出すポーズで)
と言いそうになったけど、人見知り故そんなこ言えるわけもなく、従う。

その間にも何度か陣痛。尿検査のトイレなどで痛みに耐える。

すると、痛み始まってるんですよねーと言われながら助産師さん登場、
そうなんですそうなんですそうなんですよと言いながら駆け寄る。
普段の診察室でNST。
やっぱり、今まで見たグラフで一番の波が20分で3回ほど。
最初のなんてグラフの上限値を振り切っていて、あら、結構痛いのね、と言われる。
結構痛かったのね、わたし。(得意気)
※後日談。最後のほうに比べると、こんなの結構痛くなんてない。

それでも声が出るほどには痛いけど、カーテン隔てた隣では
別の妊婦さんが採血とかされてるのでフーフーで逃す。まだまだ理性が勝っている。

その後、院長内診。
子宮口4cmまで来ていたらしく、予定してたバルーンは飛ばして破水させて、
促進剤打って今日中には産みましょうと。
巨大なオムツのようなお産パッドを穿かされる。スカートで来て本当に良かった。

LDRに案内される。いよいよ感。
分娩着と、巨大な紙パンツのみの姿。
基本的にだっさんがずっと横にいる。恥。

お腹にモニターつけて、ひたすら痛みに耐える。基本、横向き。
痛みが来たらだっさんが腰を押してくれる。
なかなか上手。
でも、「腰やお尻を押してくれた方が楽」とは最後まで思わなかった。
痛いときは押されたって痛いし、軽減するわけではない。
でも、「一回押さないでみて」と言ってみたら、やっぱり押されていた方が良かった。
不思議。言うの難しいけど!決して軽減されるわけではないけど、気がまぎれるくらいかな。

徐々に徐々に大きくなる痛みの中で、両親登場。
構ってられない。本当は来てほしくなかったけど、そんなこともうどうでもいい。

父、居たたまれないのか早めに退場。さすがに父に色々見られるのは嫌だったので、良かった。
促進剤の点滴始まる。

これまでと比べられない痛みが急に到来!!悶絶。
助産師さんが何度か子宮口チェックで内診するんやけど、これが痛い。
子宮口をグイグイ広げられてる感じ。

※ここで、唱太の心拍が急に下がったらしい。私は痛みのあまり何も聞こえず、
 覚えてすらなかった。だっさんに後で聞いて知った。
 そう言えば急に院長をはじめ、分娩室にたくさんの人が集まっていた、
 ここが帝王切開に切り替わるかどうかの瀬戸際だったのかも。

両親とだっさんは途中、昼休憩。
ずっと付き添っててもらうのが申し訳なかったので、
どうぞどうぞ行ってきて、と送り出す(気持ちだけ。痛みで言葉にはできず)。

そして、ここからが一番長かった、4分間隔くらいの時間。
何時間くらいかなー?おそらく2~3時間くらい。

唱太は妊娠後期からずっと頭がでかいと言われ続けていて、
やはりそこが産道の一番狭いところを通らず、進まず、本当に苦戦。
陣痛の度に叫び声というか、ほんまに獣の声が自分から出ているのがわかる。
出来るだけ黙りたいのに、そんなの気にしてる余裕がない!
声を出したら疲れるから出さないでと言われても勝手に出てしまう。

どうしようもない痛みでどうしても身体がのけぞってしまい、
それではダメ、とにかく丸くならないと進まないと何度も何度も何度も言われる。
できひん!!!

のけぞる→痛みが逃げる
丸くなる→痛みが全身に来て、力が入る
力を入れないと進まないのはわかっているけど、少しでも早く進めたいけど、
骨盤が割れそうに痛い。
骨盤が割れそうに痛いのと、激重の生理痛1000倍くらいの痛さ。
まさに自分との戦い。

このまま骨盤を頭が通らない場合、唱太の心拍が下がった場合など、
最後まで帝王切開の可能性があったので、飲み物が飲めず、
深呼吸と叫ぶので喉がカラカラのカラカラ、これがまた辛い。

口をゆすいで、水を吐き出すのを何度もやらせてもらう。(だっさんが担当)
ゆすいだ水を吐き出すときにだっさんにかけてしまったりして、
そこが唯一のほっこりタイム(一同笑ったりする)なんやけど、
徐々にそんなんでも笑ってられなくなる。
いや、笑うだけのエネルギーが勿体なくなる。

仰向けと横向きを繰り返し、内診に耐え、仰向けの時はだっさんの手を握り潰し、
叫んで唸って大騒ぎ。
それでも、びっくりなことに陣痛と陣痛の合間は眠っていた。
酸素の管を鼻に通していたのだけど、その隙間から聞こえる自分の息の音が寝息と分かる。
寝ていいよ、体力を回復させましょうと助産師さんに言われる。

ここで、助産師さんの交代の時間。
ずっと付いててくれた助産師さんが帰ってしまうーー
貴女で産みたかったですと一瞬思うけど、もう何もかもどうでもいい。

ここからしばらく、助産師さん一人+だっさんと3人の時間。本当に本当に長かった…。
一人ってことはまだまだかかるのか…と悟る。
しかし、もうこの人に取り上げてもらおう、先生呼ぶ暇なんてないくらいに!と謎の闘志。
と同時に、もう終わるなら帝王切開でいいから終わらせたいとも思う。せめぎ合い。

陣痛来る→とにかくいきむ→陣痛治まる→寝る
の繰り返し。
何回やったか不明。終わりが見えない。身体が反ってしまう。。
体力が徐々に無くなってきているのがわかる。
もっといきみたいのに、陣痛が弱くなってきている。

もうお願いだから帝王切開してください、と
いつ帝王切開に切り替わるかと、ついついそれを待ってしまう、
ここまで来たら産みたいけどの気持ちとピッタリ半々。

進んでますよ、の言葉はなんでか、全然信じてなかった。
先生が途中で来て、もう長くはかからんわ、と言われても、それも信じられず。

そして何度も何度も繰り返した結果、突然訪れるクライマックス!

助産師さん、おもむろに「お産の準備をします」と足にピンク色のカバーをかけ始める。
ええええ?と思ってるうちに院長登場。
なんか見たことないおっさんも登場!助産師さんも何人も登場。

赤ちゃんを誘導するために吸引分娩しますと言われる。
ハイとしか言いようがない。

何度かいきんだ後、
麻酔チクリ、会陰切開。死ぬほどどうでも良いくらい無感覚。
そして、ここがほんまに最後の一番凄かった2回!!!!

陣痛に合わせて院長とにかく引っ張る!骨盤がググググググと広がるのが分かる!!
おっさんがお腹に全体重ちゃうかと言うくらい乗ってくる!!
なんかビュービュー液体が出てるのが分かる!!!(ヒー)
私は断末魔の大絶叫!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

身体がバラバラになると、本気で思った。
それまでの痛みが100%なら、その痛みと衝撃は10億くらい!!!!

最初の一回では出せず、一回波を待つことに。
急に静寂の時間が。
しかし、初回の衝撃が物凄すぎて、次が怖すぎてなかなか波が来ない。
できればもう来て欲しくない。怖すぎる。怖すぎる。怖すぎる。
しかし、来る(し、来ないと産めない)。

同じのがもう一回。
液体がビュービュー出てるのがわかる!
顔じゅうの血が炭酸水みたいになる初めての感覚。死ぬのかな?とどこかで思う。
そして、そして。
物凄いでかいものが出ていく感覚で急に痛みがなくなった。

だっさんが「うわっ!」と今日一の声。
なんでかここ、最後の視覚の記憶が全然なく、
赤ちゃんも見えないまま素早くどこかへ連れてかれ、
とにかく終わった。。。。。ということに感無量過ぎて大号泣。
赤ちゃんの泣き声は聞こえなかったけど、それはなんだか、
不思議なことに最初からわかっていた。すぐには泣かないんやろうな、と思っていた。
そして、それでも大丈夫、無事に産まれたということをなんでか知っていた。
今の今まで同じ体を共有していたのだからわかったのかも。

まだ終わってないで、と言われて胎盤出される、そんな痛みほんとに屁でもない。
泣き声が聞こえてきたのでひとまず安心。
傷を縫われながら、放心状態。だっさんと握手。だっさんには本当に感謝していた。

カンガルーケア。
この子を出したのかって実感は全然無かった、もちろん、親になった感覚もない。
けど、胸の上でふにゃふにゃ動く唱太の、産まれたての生き物感が物凄い。
守ってあげないと、とはなんか強く思った。

またしばらくして、だっさんが抱っこさせてもらう。
さっきは顔が見えなかったけど、ここでちゃんと見えた。
可愛いいいいいいい!!!!!!
クチバシはだっさんにそっくり、細い目もだっさんにそっくり、丸顔は私で、
丸い鼻も私。憂歌団の木村さんのような、宇宙人のような、
超超超好きな顔。かわいすぎる!!

キャーキャー言いながら写真撮影。
院長からのお話。
水面下ではずっと帝王切開の準備をしていたんですよ、頑張ったなー。と。
水面下で何かが起こっていることは知っていました、と。
だって明らかに助産師さんがひそひそ話をしていたから。聞こえないふりをしていたけど。

その後ようやく着替えさせてもらい、しばらくして両親登場、ひとしきり話をして帰宅。

だっさんとLDRでしばらく休憩、その後部屋に移動。
身体中が痛くて、トイレに行ってみるも何もできず、トイレから立ち上がることもできず、
人生初の車椅子移動。

ふたりとも多分かなりの興奮状態で、お互いの健闘を称え合い、だっさんが帰宅。
こうして唱太やんが私たちのところにやってきたのでした。

出産、今は二度と経験したくない気持ちやけど、
これほど大変な、これほど原始的な事だと知りました。

だっさんが立ち会いに居てくれたのは、良かったと思います。
でも衝撃的な姿を見せ過ぎた感はあり、そこはあえて見せたくはなかった部分なので
居なくても良かったと思います。
うまく言えないけど、悪い意味ではなく。

居てもらわないと実感が沸かないだろうな、と思ってたけど、
せめて病院に居たならば絶対に伝わるはず。

やったりました、遂に経産婦です。
心から、ようこそ唱太!!これからが楽しみすぎる!

9月25日、無事に?息子を出産しました!
今は入院中、劇的に暇なので妊娠中お世話になりまくった、出産レポートを私も!
書けるかな。

カメ

そもそも予定日を9日超えていたため
25の朝から入院して、その日は恐らくバルーンのみで子宮口を広げ、
26日に点滴の促進剤を投与し、出産という流れを宣告されていたのでした。
促進剤を使うこと自体にはそれほど抵抗はなかったものの、
「急激に痛みが来るらしい」という情報はなんとなく知っていたので
ああ怖いと思いつつ、もうどうしようもないと腹をくくっていたのでした。

なんでか出産・分娩に対しては恐怖心は殆どなく、むしろ経験してみたい、
楽しみであったほどでした。痛いのに少し興味がある、昔から。
(しかしそんな考えは甘かったと、心の底から思うことになるのである。まあそらそうやろ。)

24日に最終の診察してもらって、噂のグリグリ内診を初体験。
それまでの診察では全然降りてきてもないし、子宮口も固い、張りもない、
もっと動け、スクワットしろと言われ続けてきたのだけど
(それでもなんだかそこまでする必要性を感じず、ほとんど従わなかった。
 動きたいと思ったときに動く程度。)
最終の診察では全てちょっとずつ進んでいるとの見解。
ほら、やっぱりな、とちょっとほくそ笑んだりもしたけれど、まあでも動くに越したことはないのだろうとは思います。
ぐりぐり内診は思ったより痛くなかった。


そして、夜。
陣痛が来て慌ててやるのだろうな、と思っていた入院準備をアレ?と思いながら、
とても丁寧にやる。チェックリスト全網羅。
お風呂にゆっくり入って、おやすみなさいの体勢。既にずっと昼夜逆転していたし、
入院への興奮で眠れないのだろうな、と諦めていたので、無理に寝ようともしていなかった、
ところが。

夜中、トイレに行くと軽い出血あり。
ちょっと焦るものの、ぐりぐりによるものだと予想してそこまで慌てず。
「どうせ朝には入院やし」でどんと構える。

しかしさすがに寝ようとしたam3:00頃から徐々に腰の痛みが。。。8分~6分間隔。
しかし「朝になればどっちにしろ入院」なので様子見。
その1週間ほど前に、同じような10分間隔の痛みが来て大慌てで病院に電話したものの、
結局前駆陣痛だったというちょっと恥ずかしいめな経験をしていたので
多分同じでしょう、気づいたら寝てるやろと思っていた。
一応陣痛アプリで時間を記録しつつ、寝る。

am4:00、ハッとなる感覚があり、また出血!破水ではなさそうなものの、
同じく6~8分間隔で痛み。さすがに焦ってくる。
痛みも今までの前駆陣痛とは一味違う、生理痛のような痛さ。
だっさんを起こしながら病院に電話。朝まで待てない。すぐにでも入院したい気持ちが沸々。

電話に出た人「どうせ朝には入院なので、今は自宅でのんびり休んでもらったほうがいいです。7:00頃また連絡ください」
とのんびりした返答。
それまでに産まれたらどうしてくれんねんと思いつつ、前駆陣痛だったらかっこ悪いので渋々従う。

am6:00、痛みの合間にウトウトしつつ、8~10分間隔で痛い。
間隔は延びたものの、痛みは段々大きくなってきてて前駆陣痛とは全然違う!
これははっきりわかった。
うううーー と唸るくらい、その瞬間は何も考えられなくなる、生理痛的な痛み。
ほんまに早く入院したい。これ以上痛くなったら車に乗って移動なんて無理ですけど、そうなったら自宅出産かもと思うと眠れるわけがない。
(後から思うと、この程度で自宅出産していたら世界中で毎日たくさんの自宅出産が起こっているはず。)

am7:00を待ちきれずまた病院に電話。
「痛みが強くなってますすすすけけけけどどどどどどどどども」
「何分間隔ですか?」
「8~10分ほど。」
「あら、延びてるならますます時間通りで大丈夫。予定通り来てください」
「(しまった、延びてるなんて言わなければよかった)えええーーーでも。」
「こっちに来ても、同じです。病院で様子見てもらうだけなんで。今はご自宅でリラックスして、食べたいものを食べてからゆっくり来てもらった方がいいです。」
「(そんなんできるわけない。意地悪。ケチ。)…はい。」

8:30、満を持して車で出発!
陣痛来てるときは歩けないので、玄関で1回痛みに耐えて、車を降りる前に1回耐えて、よし治まった、行こう!的な移動。
この時はなんだかまだワクワクしていた。

(つづきます)