弟、和彦の告別式も無事に終わりました。予想以上に、とても多くの方が通夜、告別式と来てくれて、僕の知らない弟の一面や、エピソード、思い出話を聞かせてくれました。沢山の友人に愛されていたのだな~と、兄として少しほっとしました。
彼の子供時代からの親友、多くの友人が彼の写真を持って来てくれました。実は、弟本人の顔写真が、なかなか見つけられませんでした。写真家であるがゆえなのでしょうか。他の人の写真や仕事、作品の写真はいくらでも見つけることが出来たのですが、彼の顔が写っている写真が、どこを探しても出てきませんでした。思い起こせば、僕のコンサートやイベント、仕事の撮影はもちろん、自身のイベントでも、いつもカメラで写真を撮っているのは、弟自身でした。カメラマンですから、あたりまえと思っていたのですが、今、こうして考えてみると、彼の写真が少ないというのは、寂しい気持ちになります。
以前、イラクかどこかの暴動で日本人の報道カメラマンが路上で撃たれて、亡くなってしまったテレビのニュースをふと、思い出しました。あの方、名前は忘れてしまいましたが、彼が残した写真やビデオは数多くあるのでしょうが、彼自身が写っているものは、きっと少ないのだろうと思いました。
これって、写真家の宿命なのでしょうか。
今回、弟の作品を改めて見ると不思議な、なんともいえない美しい世界があることを再認識しました。いつかこれらの作品を形にして、発表をしてみたいと思いました。
彼の子供時代からの親友、多くの友人が彼の写真を持って来てくれました。実は、弟本人の顔写真が、なかなか見つけられませんでした。写真家であるがゆえなのでしょうか。他の人の写真や仕事、作品の写真はいくらでも見つけることが出来たのですが、彼の顔が写っている写真が、どこを探しても出てきませんでした。思い起こせば、僕のコンサートやイベント、仕事の撮影はもちろん、自身のイベントでも、いつもカメラで写真を撮っているのは、弟自身でした。カメラマンですから、あたりまえと思っていたのですが、今、こうして考えてみると、彼の写真が少ないというのは、寂しい気持ちになります。
以前、イラクかどこかの暴動で日本人の報道カメラマンが路上で撃たれて、亡くなってしまったテレビのニュースをふと、思い出しました。あの方、名前は忘れてしまいましたが、彼が残した写真やビデオは数多くあるのでしょうが、彼自身が写っているものは、きっと少ないのだろうと思いました。
これって、写真家の宿命なのでしょうか。
今回、弟の作品を改めて見ると不思議な、なんともいえない美しい世界があることを再認識しました。いつかこれらの作品を形にして、発表をしてみたいと思いました。