つづきです。
ミュージシャンにとって音楽を聴く事は凄く大切だと、これは10代の頃からずっと思ってた。
あたしたち作曲家やプレイヤーは、音楽をアウトプットするのが仕事だけど、実はインプットもしないと循環しない。
だけど、作曲家がインプットをするのに「この音楽を参考にして……」なんて気持ちでやっちゃうと、怪しい事が起きかねない。あたしは、感性を磨くつもりで音楽を聴くように心がけている。ま、簡単に言うと、それはその音楽を楽しんでワクワク出来るかなんだけど(笑)。
ここ最近、一般的に、「音楽を聴く姿勢」と言うのは、どんどんゾンザイになっている気がする。
「んなこたぁね〜よ!」と怒られるかも知れないが、あたしは世の中、物ごとがどんどん便利になって、逆になぜか音楽がゾンザイに扱われてる気がしてならないのだ。時代の流れなのかも知れないけど、「音楽こそが我が人生そのもの」と思ってきた自分にとっては、とても悲しいし、自分だけはそんな世の中の流れに飲み込まれたくないと考えているのだが……。
あたしだってmp3は当然活用する。しかし、まじで音楽を聴く時はそれでは聴かない。第一、わたしの場合、「ながら聴き」では音楽は心を貫通しない。今はなんでもスピード時代で、素早く自分の聴きたい音楽とアクセスする事が出来る、と言うのは非常に助かる。元々CDもそこがいい所の1つであった。しかし、「マジで音楽を楽しむ」なら、そのアクセスの良さと言うのが、あたしにとっては不利益だったのかもしれない、と最近凄く思うようになった。
レコード(Vinyl)を聴くようになって、それを綺麗にする事にも力を注ぐようになった。昔聴いていた時は、スプレーぶっかけて埃ごと拭きとるだけだった。
しかし今は、スプレーで簡易にやらず、自作のクリーニング液とかを使って、綺麗に洗浄してからレコード(Vinyl)をターンテーブルに乗せる。数分掛かる、音楽を聴くまでに。でも、音が確実に違うのである。それと、レコード(Vinyl)ってのは聴く度に毎回微妙に音が違う。だからそれなりに集中して、一生懸命洗浄するのだ。儀式みたいに見えるかもしれないけど、本当にきれいになった時のヴォーカルの伸びを聴けた時は、感動で涙が出たし、制作者の気持ちと繋がれた気分になれたのだ。ライヴでもないのに、自分の部屋でそれを感じる事が出来た。
さて、この音の違い、誰にでもわかるのか?「ヴォーカルの伸びが……」なんて言うのは、ひょっとしたら気が付かない人もいるかも知れないけど、レコード(Vinyl)とCDの音の違いは、今の所あたしがわが家で聴かせた約20人の中にはひとりもいなかった。「ヴォーカルの伸びが……」は、ひょっとしたら、レコード(Vinyl)を集中して磨く事で、こちらの音楽を聴く心の準備が最高潮になったから、その違いに気が付けたのだ。そして、それがとても大事な事だと思った。ファイルをポチっとやって聴いたのでは、こちらの耳と感性のレベルが上がり切っていないのだ(他の人はどうかわからないけど……)。
レコード(Vinyl)で音楽を聴く事になって、あたしは音楽をより大切に聴くようになった。だからこそ、レコード(Vinyl)はあたしの感性を充分に揺さぶってくれるのだと思う。
あたしにとって、レコード(Vinyl)で音楽を聴くと言う事は、単に音がいいからと言うだけではないのだ。ターンテーブに盤を乗せるまでの工程が、あたしの音楽を聴く姿勢をも正してくれるので、とても有意義に感じるし、そうやって音楽と接している事がなんとも嬉しい事なのだ。

