プレゼントに込められた気持ちと鎖 | 複雑系レトリック~自営業白書~

プレゼントに込められた気持ちと鎖

お姉様のパクリ

こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?




本日はマミ姉こちらの記事 にトラックバックしてお話させていただきます。


この「なんちゃって愛妻弁当」という記事をご存じない方は、先にマミ姉の記事を読んで頂いたほうがいいと思います。




私は3ヶ月前にこの記事を読み、非常に感銘を受けるとともに目の覚めるような思いをしました。




もともと私はほとんど怒ることのない男ですが、それでもどうしても受け入れられないことがいくつかあります。


そのいくつかある受け入れられないことの中に



自分が貰った物をバカにされる



というのがあるんです(`Θ´)




私の実家はビンボーですので、みんなが既製品を持ってくるようなところで手作りの品を使ったりする必要があります。



例えば上靴を入れる巾着とか。


みんなが購買店で売っている巾着を使っているのに、私だけ手作りのキルティングみたいな巾着袋を使っていたりしました。



で、こうした状況を喜ぶ子どもというのはあまりいないだろうと思います。


私も内心かなりイヤでしたが、家の状況のことはぼんやり分かっていたのでやむを得ないと考えていました。偉いな、自分!(`Θ´)





今の子ども達は私の頃と比べると度量が広いというか・・・多様なことを自然に受け入れているなと感じます。


ランドセルはいろんな色があるし、わりと黒と赤以外のものが売れているっていうじゃないですか。



私が子どもの頃にオレンジのランドセルを背負っている子がいたら、間違いなく周りからの摩擦が生まれていたと思いますし、このことは時代・環境による所が大きいと思います。

親の世代が違うからだな・・きっと(`Θ´)





母が作ってくれた手作りグッズを沢山使っていた私は、そうしたことをやり玉にあげられてバカにされることがしばしばありました。



そしてその度に涙が出そうなくらい、悔しいと感じます。




私は小さい頃から自尊心が強くて、その性質は今でもほとんど変わっていません。


自分大好きです。エル・オー・ヴイ・イーです (ノ´Θ`*)アヘアヘ





しかしこのときに感じる悔しさは、自尊心を傷つけられたことによるものとは違う。








母は手作りの巾着がマイノリティーであったことも承知していたはずですし、可能な範囲で「こっけいでない物」を作る努力をしてくれているんです。


1つの不細工な巾着かもしれませんが、私が出来るだけ喜ぶように頑張ってくれています。




つまり私が悔しいと感じるのは、作り手の気持ちをないがしろにされているからに他なりません。






マミ姉の話もそうですが、「手作り」というのは常にその人の気持ちが入っているものだと思います。


弁当を作っている時間・・巾着を作っている時間は、少なくとも相手のことを考えているんです。



そうやって、作り手は相手のために人生の貴重な時間をほとんど占領状態にして、相手が使うことだけを考えて一生懸命作業してくれます。




もらう立場になって考えると、こんなに有り難いことが他にあるでしょうか。


自分のための特別な時間を使って、特別なものを作ってくれるわけです。





このようなことを小さいころから意識していたおりこうな私は、とにかく手作りの物をコケにされると涙が出るほど悔しいんです(`Θ´)ピヨ




もし今そのようなことをされてしまったら、相手の薄っぺらい人生を矯正して差し上げる意味で根気よく対話に打ち込みます。私は口げんかが非常に強いです。



しかし内気な少年だった当時の私は、ただモンモンと悔しく思うばかり。


相手が大して悪気がないのはよく分かっていますし、かといって暴力に訴えるタイプでもありませんでした。





そんなわけで私はプレゼントをバカにされるのがとっても許せません




手作りは特にそうですが、買ってきてくれたプレゼントであっても、家にあるちょっとしたお裾分けであっても、私のことを考えてくれた時間というのが本当に有り難いんです。


「これが似合うかな、サイズは合うかな」


「あ、あいつにコレ持っていってやろうかな」


って思ってくれたこと「が」嬉しい。




プレゼントを侮辱されると、その嬉しさに比例して怒りを感じるんです。



私は爆発することはないけど、何らかの形で怒りを表現しますし、バカにした人のことを許さないでしょう。





そんな私にとって、マミ姉の記事の結末は衝撃的でした。



おっぱいの弁当は極めて知恵に富んだすばらしい方法論ですし、私はマミ姉みたいな人に外交官になってほしいとマジで思います。



もちろんマミ姉も、当時の彼氏もとても悔しい思いをしたと思います。


それでも彼女がこういう結論に達するあたり、根本的な余裕が感じられるというか・・・・こういうのを本当の意味で「賢い」と言うのだと思います。





私も武術家ですから、こうしたことがらに真正面から立ち向かうのが愚かなことだということは承知しています。



承知していますが・・もし自分だったらこれが出来るかなぁ・・・自信がありません。






仕返しの意味も含まれていて自尊心を守ることもできるし、相手が微笑ましく感じることによって本格的に優位に立てる「平和的解決方法」!!(`Θ´)


理想的だと思います。





私はいきなり戦争をするタイプではありませんが、それでももっと露骨に敵意を表現するだろうと思うんですよね。



テロは暴力の連鎖だなんて言われますが、これを断ち切ることがとっても難しいのは歴史が証明しています。


パレスチナとイスラエルは旧約聖書のころからいがみあっているし・・・続ければ続けるほど、どっちの主張が正しいのかどんどん分からなくなります。




そんな中、もしかしたらマミ姉は


世界を平和にする方法


を知っているんじゃないかと思う次第(`Θ´)




結局は、ある種の余裕が鎖を断ち切るのかもしれません。







ところで、最も身近な「手作り」と言えばやはり料理でしょう。



私のオヤジはちょっとでも気にくわないと料理に文句を付けますが、小さい頃私の家庭にはいわゆる古典的な父性がありましたので、それを黙って見ているしかありませんでした。



しかし最近やっと両親を人間として見ることが出来るようになり、正月に帰省したときなどは


「文句があるなら食わんどけばいいやん」


て言うことが多くなってきた(笑




ちなみに私の爺ちゃんイモの弁当が気にくわないからといって会社を辞めたことがある伝説の男です。



親子二代に渡って貧乏なくせに食い物に文句を言うカルマがありましたが、どうやらこの鎖は孫の代で断ち切ることが出来た模様です(`Θ´)ヨカッタ