通称「32条」として知られている、精神病患者のための医療費軽減制度があることをご存知でしょうか。

 32条を申請することによって、薬代が格段に安くなります。
 かく言う私も、随分お世話になりました。
 いまこの32条が廃止の危機にあります。

 鬱病を「なまけ」「気の緩み」と考えるかた、鬱病を経験したことのないかた、そのたの精神病を「いかれてるやつら」と乱暴に考えるかたは、「こんな奴らに金を使ってけしからん」とお思いになるかもしれません。
 ですが、精神病ほどクスリが必要な病はないのです。

 女心と秋の空、と言う言葉があります。そうでなくともご存知のように、人間の気分と言うものはとらえどころのない、非常に難しいものです。
 鬱病をふくめた精神病患者は、さらにその移り変わりを激しく、あるいは極端にしたようなものなのです。

 下がったら下がりっぱなし。上がったら上がりっぱなし。
 
 これでは幾らなんでも日常生活に差支えが出ます。
 病気だからと言って日常を放棄することは出来ません。自殺で逃れるという方法もありますが、多くの患者は自分の「気分」と戦っています。
 それを支えてくれるのが薬なのです。

 モルヒネではありませんが、精神安定剤と言うのは「切れた」かどうかがある程度自分で把握できます。気分が落ち込んだり、死にたくなったり、とてもつらい状況に追い込まれてしまうからです。
 これを「依存症になってるんだ」と言うのは簡単ですが、わらをも掴むような状態で、薬を飲むこと意外に何が出来ますか。
 
 死ぬか、飲むか。
 鬱のさなかでは常に選択肢の一方が死です。それをやわらげてくれるのが薬なのです。悲しくて悲しんでるんじゃない、落ち込みたくて落ち込んでるんじゃないとき、薬があることでどれほど救われたか。

 患者は薬を飲みます。手放せない、と言ってもいいくらいです。
 32条なしで、二週間ごとの診察を受けたとしたら。おそろしいくらい大変な額になってしまいます。

 また安定剤は個人によってあうあわないが激しく、ためしてみなければわからないという側面があります。

 速攻睡眠と名高いハルシオン、わたしはまったく効きませんでした。自分に合う薬が出るまでしつこくカウンセリングと処方を繰り返してもらった記憶があります。

 32条がなくなったら。
 頼みの綱の病院にすら行けなくなってしまう。
 
 薬を貯めてODのためらつかう人たちがいますが、それはごく一部です。いえ、そういうことをする人たちも、死への欲望に抗いきれずODしてしまうのですから、まだまだ治療を必要としている人たちでもあるのです。

 
32条廃止に絶対反対です。
 これは金銭的な迫害に他なりません。

 迫害を訴えるひとたちに言いたい。
 考えてもいないのに「死にたい」気分がふつふつと沸いてくる、あの恐怖を味わってないからそう言えるんだ。
 保護に甘えている人ばかりではない。甘えたい人ばかりではない。
 第一、だれも進んで鬱病になろうだなんて思うまい。あなたも、病んでみれば分かる。

 大切な人が精神の病にかかったとき、誰だって黙ってみていられないでしょう?
それが薬で抑えられるとしたら、世間体なんてかなぐり捨てて、病院にいくべきなんです。
 32条が廃止されたら、とんでもない薬価でそうもいかなくなる。
 
 鉄道自殺者に賠償金を請求するのとは違う。薬代は、せめて保護されるべき部分だと思う。