昨日のラジオ。


いや、難しかったです。


寡黙か多弁かと言えば、間違いなく後者。


仲間と般若湯があると、多弁というより饒舌。


ず~と喋っています。


ただし、職業には相応しくない似非人見知りなんで、


アウェイ空間だとおとなしいんです。


高田純次さんと河合美智子さんの空気に感心しっぱなし。


高田さんとは面識はあったので、まだ多少は良かったのでした。


高田さんは、実は真摯に紳士で、素敵でした。




さて、話は変わって、昨晩は炒飯を作って食しました。


じつは、ここ数日、毎日のように炒飯を食べています。


もちろん、小ライスですが。


僕は、自宅での夕餉でも般若湯をいただきますので、


基本的には炭水化物はほとんど食べません。


しかし、いったん火がつくと、凝ってしまう癖がございます。


きっかけは、


よく訪れますhikoさんという方のブログ。


その8月30日の『おいしいチャーハンのつくりかた』 (←リンク)


これで、むしょうに炒飯を食べたくなっているのです。


そして、その記事の漫画の1シーンでは、面白い台詞がありました。


「炒飯(チャーハン)を作れるようになるということは、


焼きメシを失うということだ。


炒飯と焼きメシは全然別のものなの。


にもかかわらず炒飯を作れるようになったが最後、


二度と焼きメシは作れなくなるの」


何の漫画かは明記されていませんが、


なかなか奥深き言葉じゃありませんか。


なんか人生教訓のようで…。


他に当てはまるものがあるのかなと考えてみたんですが、


しっくりくるのは、あまり思いつきません。


多少、あてはまるのは、お寿司かな。


山葵入りの寿司が食べられるようになると、


山葵抜きは食べられなくなる。


ただ、寿司の場合は別物なわけじゃありませんので…。


また、以前に、007 カジノ・ロワイヤルのセリフで、


特別レシピのマティーニをボンドが飲んで、


「これをヴェスパーと呼ぶことにしよう」


「後味が苦いから?」


「いいや。一度味を知ると、これしか飲みたくない」


「殺し文句ね」


というのがあると紹介しましたが、


これもマティーニはマティーニです。


僕個人での場合で唯一完全なのが、雑炊とおじや。


以前にも記したと思いますが、僕の中では、別ものなんです。


スープたっぷりのサラサラしたのが雑炊。


そして、スープをお米に吸わせて、もったりとしているのがおじや。


僕は前者が圧倒的に好き。


あ、食べたくなってきた。


しちゃうかも。


ジムいかなきゃ。



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