- 胸刻(キョウコク) -
タイトルは創作語です。(多分)
200トンを超す固まりが、
1分間に1回の割合で行き来する場所があります。
それは羽田空港。
飛行機の離着陸が、現在1時間に60機もあるのだそうです。
4番目のD滑走路が実用化されると、
さらに増えて45秒に1機の割合になり、さらに複雑になるとのことです。
昨日は、長い一日でした。
午前中は、羽田空港の管制塔を特別に見学させていただきました。
飛行機の管制は、離陸について言うと、
まず滑走路が目視できるタワーから離陸の管理をします。
離陸すると、羽田のレーダー室が空港周辺での管理をひきつぎ、
ほどなくして、さらに、エリアが広域になってくると、所沢の管制室が、
飛行の交通整理をしていきます。
着陸の際は、ちょうどその逆になるわけです。
すべて受け売りですが…。
昨日の見学は、その羽田での2つの管制室。
両方ともに、レーダーに表示される飛行機のマークが、刻々と動いています。
多くの飛行機がスムーズに離着陸できる整理、調整していくのが管制官。
僕は、そのコントロールはコンピュータが管理していて、
人間は非常時に備えてのチェックだけだと思っていましたが、
実際に、管制官がすべての機をコントロールしていることを知り、驚きました。
指示を出して操作していくレーダー画面は、さながらゲームのようです。
しかし、そこにはゲームオーバーやリセットは絶対に存在しません。
そのことは、直接、多数の人命に影響を及ぼすことになるのですから。
神経をすり減らす大変な仕事であると胸に刻みます。
↑2枚はタワー
↓2枚はレーダー室
管制塔の見学を終えると、日本航空の安全啓発センターに訪れました。
ここには1985年8月12日、
御巣鷹山に墜落したJAL123便の事故の資料が展示されているのです。
なによりも心揺さぶられたのは、
乗客が大きな揺れの中で書いたと思われる遺書。
その場にあったメモ帳や封筒に綴られた乱れた文字は生々しく、
自らの光が消えるかもしれないという恐怖と覚悟、
そして、家族のことを強く、強く思う気持ちに溢れていました。
目で追っていくだけで、締めつけられる思いでした。
この事故を再現し、伝えていくことの大きさを胸に刻みました。
センターを後にして、稽古場に。
いまだ他の案件が忙しく、セリフの復習が滞っていまして、
まだまだ用語をスムーズには喋れません。
稽古後、暑気払いをして家路につくと、すでに本日。
なかなか長い一日でございました。

